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クラウースラを出てから数日掛けて、僕らは大きな森の中央の、雄大にそびえる霊木の下に辿り着く。
ただ手合わせをする為だけにこんなところまでやって来たのは、連合軍におけるウィンの立場が大きいからだ。
彼は、あまり自分からは言わなかったけれど、クラウースラで聞いた話を統合すると、どうやら連合軍の中心人物になるらしい。
人間に捕まった虎の氏族の娘を助け、獣人に武器を齎し衰退を食い止め、隠されたドワーフの国を見付け出し、更に森に引き籠るばかりだったエルフを説き伏せて仲間にした。
つまり今の連合軍を形作ったのは、間違いなくウィンである。
彼が自ら口にしなくても、周囲はそう見ているし、その立場は当然ながらとても重いのだろう。
単なる手合わせであっても、敗れる姿を安易には晒せない程に。
随分と息苦しい生き方を選んだものだと、そう思う。
そんな歩き辛い道を選ばなくても、もっと他の生き方は沢山あった筈なのに。
でもウィンが大人として選んだ生き方に、僕が口を挟む事は、今更しない。
その時があったとすれば、それは彼が西に向かうと決めた五十年前である。
今となってはウィンが少しでも良き未来を目指せるように、僅かな助力をする事くらいが精々だ。
この大きな森には、今は誰も住んではいなかった。
本来ならばエルフが住み、管理すべき森ではあるのだろうけれど、人間との決着が付かぬ今は、この森にエルフが住めば、攻撃対象となる可能性が上がってしまう。
故に連合軍の管理下で魔物の駆除は行われているけれど、必要以上の森への出入りはされていない。
つまり今日、ここで行われる僕とウィンの手合わせは、他の誰の目にも触れないだろう。
「エイサー、覚えてる?」
霊木を見上げながら、ウィンが問う。
あぁ、忘れる筈がない。
「昔、エイサーに連れて行って貰った森の霊木も大きかったけれど、ここのも大きいね」
ウィンを連れて霊木を見に行ったのは、ルードリア王国にある森だったか。
実際のところは、あの森にあったものよりも、この森の霊木の方がずっと大きい。
何しろこちらの森の霊木は、アプアの実が生るくらいなのだから。
でもあの時、ルードリア王国の森で霊木を見たウィンは幼く身体も小さかったから、実物以上にそれを大きく感じたのだろう。
何だかとても、懐かしい気持ちになる。
「君と並んで霊木を見る事がもう一度あるなんて、思いもしなかったよ」
心の底からそう思って、僕は言葉を口にした。
ハーフエルフが霊木の前に立つ。
それがどれ程に難しい事かを、僕はよく知っている。
けれどもウィンは、再びそれを成し遂げた。
西部に一人でやって来て、困難を乗り越え仲間を増やし、絆と信頼を積み重ねて。
彼は歩き辛い道を進んでいるし、僕はそれがとても心配だけど、同時にとても誇らしい。
……本当に、複雑で難しい気分だ。
僕の言葉にウィンは笑って、こちらに木剣を一本放る。
その柄を掴んで受け止め、握りを確かめてから構えれば、彼も残る一本の木剣を構えてた。
あぁ、だったら、もう言葉は要らないか。
もう散々に彼が大人として立派にやってる実感はしてるけれども、次は剣でもそれを教えてくれるらしいから。
僕が一歩踏み込み木剣を振るえば、ウィンの木剣と激しくぶつかる。
躱し、木剣を振るい、ぶつけ合う。
地を蹴り、踏みしめる音。
衣擦れの音。
木剣がぶつかる音。
互いの呼吸と視線。
言葉はなくとも、多くの情報を交換し合う。
奇をてらって相手を崩そうとはしない。
力ずくで強引に押し込む真似もまだしない。
この手合わせは相手を打ち倒して勝ち誇る為の物ではなく、互いのこれまでを確かめる為の物。
ヨソギ流の基本の構えに基本の技。
それらを言葉の代わりに繰り出し合って、受け止めてる。
徐々にそのやり取りの速度を高めながら。
尤も最初の一合で分かった事だけれど、ウィンは既に僕よりも腕の立つ剣士だった。
決して大きな差ではないけれど、ほんの僅かに、彼は僕より上にいるだろう。
しかしその僅かな差を生み出す為に、ウィンがどれ程に剣を振ったのか、僕には想像が付く。
……ウィンは剣の天才じゃない。
才がないとまでは言わないが、良くて秀才どまりである。
まぁ僕と似たようなものだ。
シズキのような剣に愛されているのかとも思う才は、持って生まれてこなかった。
だからこの差は、才の差ではなく、振ってきた剣の量と質の差。
或いは剣に命を預けた回数の違いが生んだ差か。
僕もウィンも、普通の人間よりはずっと長く剣を振れる。
何時かは剣の天才達が立っていた場所にも、辿り着ける日は来るだろう。
もしかするとその場所に辿り着くのは、僕よりもウィンが先かもしれない。
そう考えると、少しばかり悔しいけれども。
実力の僅かな差は、手合わせが長引くにつれて如実になっていく。
やがて僕は防戦一方になり、捌き損ねた木剣を喉元に突き付けられる。
「……参りました」
僕がそう発した時のウィンの笑みは、本当に嬉しそうな、子供の頃を思い出させる、無邪気なものだった。
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