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 緩やかに曲がる回廊や、複数の分岐に迷いそうになりながらも、僕は空気の流れを頼りに死の谷を歩く。

 そして二ヵ月程が経った頃、恐らく死の谷の真ん中に達したと、風の流れは告げていた。


 木々が助けてくれるプルハ大樹海と比較にならないのは当然としても、人喰いの大沼と比べても、死の谷を進むペースはどうしても遅くなる。

 魔物の多さは変わらないけれど、ずっと暗いし、山を迂回するから真っ直ぐには進めないし。

 尤も霧を成す、他とは少し違う水の精霊の性質も掴めてきたから、旅の不自由はそんなには感じていない。

 飲み水はもちろん、身体や衣類を洗う水にも不足はないし、食事も上空の魔物の多くが鳥型だから、その肉は美味かった。

 ただあまり旅が長引くと、味付けに用いる岩塩が足りなくなってしまいそうだけれども。


 そういえば今更だけれど、霧の山脈や死の谷を突っ切るように、真っ直ぐに線を引いて地の精霊に道を作って貰えば、最短距離で踏破できたんじゃないだろうか。

 いやまぁ、その場合は道を見られれば大騒ぎになるし、後始末だって大変である。

 結局は地道にこうして回廊をグネグネと歩くのが、一番無難だ。


 でもそうして死の谷を歩いていた僕は、一つの分岐の先、風の流れはないから恐らくは行き止まりであるそちらの道を、黒く大きな影が塞いでいる事に気付く。

 足を止めて凝視すれば、僕はその影が、地に片膝を突いて頭を垂れた巨像の姿であると理解した。

 しかも以前に僕がシグレアの地で造った石の巨像よりも大きく、比べ物にならないくらいに精緻な、何らかの金属でできた巨像。


 何でこんな場所に、あんな代物があるのだろう。

 だけど僕はそれを疑問に思うよりも先に、もっと間近でそれを見て、手で触れて何の金属なのか確かめて、もっとその巨像を知りたいという欲求に突き動かされて、そちらの分岐に足を踏み入れる。

 そしてその瞬間だった。

 垂れていた筈の巨像の頭がグイと持ち上がり、魂の宿らぬ虚ろな瞳が、それでも僕を確かに捉えたのは。


 動いた?

 驚きに足が止まり、僕は巨像を見つめ返す。

 それは俄かには信じ難い事だったけれど、確かに巨像の頭は動いてて、……どういう理屈かはわからないけれど、どうやら僕を警戒対象として認識してるらしい雰囲気を感じる。


 いや、そんな、まさか。

 思いもかけぬ、本当に欠片も想像してなかった事態に、思わず僕は笑みを浮かべてしまう。

 だって、この世界はまだまだ未知だらけだと知ってはいても、こんな形でそれに遭遇するなんて予想外にも程があるから。

 あぁ、実に楽しくなってきた。


 あの巨像の正体、動く理屈を、幾つか考えてみる。

 仮にあれが、何らかの魔物の擬態であったり、或いは巨像の内側が空洞で、そこに魔物が入り込んで鎧のように着込んでいるなら、……動いたとしてもおかしくはない。

 しかしそれならば、頭を動かしただけで襲い掛かってこない事が腑に落ちなかった。


 ならばあれが本当に無機物で、一定の条件で動く魔道具だったとしたら、どうだろうか。

 もちろん僕の知る魔術の術式には、そんな事を可能にする物は存在しない。

 けれども僕だって、この世界の全ての術式を知っている訳ではないのだ。

 いやむしろ、僕は魔術の分野においては間違いなく未熟者である。


 黄古帝国で出会った白猫老君のような例外的な存在はもちろん、それが人間であったとしても、その道に専心して生きる人には及ばない。

 例えば、そう、カウシュマンのような人には。


 だから僕には、あの巨像が魔道具である可能性を否定できず、いっそその考えに納得すらする。

 ……そういえば、多くの種族が魔族になったというのなら、その中にはドワーフも含まれていたのだろう。

 この地が本当に魔族の住処であったのかどうかは不明だけれど、魔術に精通したとされる魔族なら多くの術式を知ってただろうし、元とは言えドワーフならば、あんな見事な金属の巨像も、造れたとしても不思議はない。


 そして僕は、この世界にあんな物が存在するとは欠片も思ってなかったけれど、だがそれをどう呼べばいいかは、知っていた。

 前世に生きた世界でも、それは空想の、物語の中にしか存在していなかったけれど、自ら動く像の類を、僕はやはりゴーレムと呼ぼう。



 静かに、そっと数歩後ろに下がれば、ゴーレムは再び頭を垂れる。

 どうやらあれが、あのゴーレムの待機姿勢らしい。

 最初と同じ姿勢に戻って待つという事は、あれの中に魔物が巣食ってるという可能性は、もう殆どないと見ていいだろう。


 ならばあのゴーレムが魔道具の一種であるとして、僕は一体どうするべきか。

 正直、どういった理屈、術式で動いてるのか、もちろん素体が何でできているのかも含めて、興味は非常にあった。


 あんな巨体でこんな場所、危険地帯である死の谷の真ん中に鎮座してる以上、その戦闘力は周囲の魔物なんて比べ物にならない程に高い筈だ。

 だがそれでも、僕が全力を出して鎮圧に掛かれば、鹵獲ができるかどうかは別にして、破壊くらいは十分に可能だと思う。

 問題は僕が、そうすべきかどうかである。


 あのゴーレムは壊してしまって、残骸を調べ、僕が知的好奇心を満たして終わりにするには、あまりに惜しい代物だ。

 何しろ僕の魔術に関する知識は限られているから、全てを理解して何かに活かせるとはとても思えないし。

 けれども仮に、僕が誰かと一緒にあれを調べて、再現され、同じ物が幾つも生み出されたらどうなるだろうか。

 それこそ、その技術を手に入れた誰かが、この大陸の全てとは言わずとも、半分くらいは制してしまえるかもしれない。

 

 ならいっそ壊すだけ壊してしまうのが正解だろうか。

 いやいや、それはやはり勿体ないのだ。

 だってあんな代物が、それもちゃんと動く状態で存在してるなんて、まるで奇跡のようにも思うから。


 あのゴーレムが何時からこの死の谷で、あぁして鎮座して、道を守っているのかはわからない。

 でも少なくとも、僕が生きた時間よりもずっと長く、あそこで待機姿勢をとっているのだろう。

 或いは霧の山脈や、死の谷ができた当初から、あの道を守り続けているのかもしれない。

 あんなにも見事なゴーレムを生み出した誰かなら、霧の山脈を覆う広範囲の霧の魔術を展開して、維持し続ける仕組みを作る事だって、そりゃあできただろうと納得する。


 つまりあのゴーレムは、過去から残る奇跡であり、それに使われているだろう技術は、新たな可能性の種だと僕は思う。

 その技術を正しく用いられたなら、それは非常に有益であり、また別の技術と結びついて新しい何かを生み出す筈だ。

 僕には無理でも、そうする事ができる誰かは、今は居なくとも、未来にはこの世界に生まれてくるかもしれない。

 だから僕は、このままゴーレムには触れずに、この場を静かに去ることを決めた。


 安易な力を欲する誰かが、こんな場所に辿り着き、ゴーレムを破壊したり鹵獲できるとは思わない。

 ここはどこよりも、とまでは言わぬが、大陸でも有数に人を拒む環境である。

 それでもここまで辿り着ける力を持った誰かなら、あのゴーレムを正しく活用するか、或いは僕と同じく触れずにそっとしておく判断は、きっとできると、そう思う。

 或いはそれが個人や少数のグループでなく、国がここまでの道を切り開けるようになっていたなら、ゴーレムの存在だけで世界が大きく変わる事もない筈。


 僕はそんな風に考えて、分岐から再び死の谷の出口を目指して、緩やかな風の流れを辿って歩き出す。

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