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 真ん中までは二ヵ月。

 そこからは環境に慣れた事もあって、一ヵ月半で僕は死の谷を抜ける。

 つまり合計で三ヵ月半を掛けて、僕は西中央部から西部へと入った。


 以前の西部は、他の多くの場所がそうであるように、最大の勢力を誇る種族は人間だったそうだ。

 いや、それどころか人間を最も高い位置に置く宗教を信じる彼らは、どこよりも他種族を抑えて大きな勢力を築いてた。

 だが今は、人間以外の種族が集まって手を結び、反攻に転じた事でその力関係は大きく変化したらしい。

 きっと今も、西部の情勢は変化の最中にあるのだろう。


 とは言え西部を語る上で、やはり最も大きな要素はその宗教である。

 敵を知り、己を知れば、なんて言葉が前世に生きた世界にはあったけれども、西中央部に新しく生まれたエルフの国、シヨウで十年も過ごしていれば、敵対関係にある西部の宗教に関して、多くの情報は集まって来た。

 それは商人を通してであったり、コーフルやワイフォレン、ジルチアスといった、同じく西部の宗教と敵対関係にある国からの情報だったから、全てを鵜呑みにできる訳ではないけれど、おおよそは掴めたと思う。


 西部の宗教が今のような形になったのは、実はそう古い話ではないらしい。

 あの宗教は、本当はクォーラム教というそうだけれど、数百年前は公正さを重んじる太陽の神を崇めていて、西部に幾つもあった宗教のうちの一つだったのだとか。

 ただある日、クォーラム教を今では聖教主と呼ばれる人物が導き出してから、その教義は大きく変わり、急速に勢力を拡大して他の宗教も吸収していく。

 西部の人間が、全てクォーラム教に染まる程に。


 一体何故、クォーラム教がそこまで勢力を伸ばせたのか。

 それには二つの理由がある。


 一つは、これは幾度か述べたと思うけれど、昔の西部は獣人が強い力を持っていて、土地の利用、資源や水利で争った際に人間側が苦渋を飲むケースが多かった為、元々他種族に対しての不満が高いという下地があったそうだ。

 例えば人間が新たに土地を切り開く為に開拓村を作ったところ、実はその土地を祖霊が宿る神聖な場所と見ていた獣人が怒り、村を退去させられたり、或いは焼かれたりといった事があったらしい。

 故に人間を最も高い位置に置く新しいクォーラム教の教義は、西部の人間達に熱烈に受け入れられたのだろう。


 もう一つの理由は、薬だった。

 尤も人心を掴んだ理由が薬と言っても、麻薬の類で人を操って、という話では別にない。

 あぁ、それも皆無ではなかったのかもしれないけれど、聖教主が導くようになったクォーラム教は、様々な薬を西部の人に与えたとされる。

 そしてその与えられた薬の中でも最も特別だったのが、若返りの霊薬だ。

 身体に若さを取り戻し、生きる時間を延ばす霊薬を欲して、西部の国の王達は誰もがクォーラム教に国内での布教を許したのだとか。


 ……さて、その若返りの霊薬だが、実は僕も噂だけは、ずっと前に聞いた事があった。

 そう、恐らくは僕よりも前に人間の世界を旅したハイエルフが、深い森に持ち帰った話だったのだろうけれど、若返りの霊薬の材料はアプアの実だと、僕は知ってる。

 アプアの実はそのまま食しても、病を退け、身体に活力を取り戻させたりするから、それを大袈裟に言ってるんだろうと考えていたけれど……、実際に若返りの霊薬が存在しているとなれば、アプアの実と無関係だとも思えない。


 更にエルフを従順な奴隷とする方法に用いられたのも、西部から、いや正しくはクォーラム教から持ち込まれた薬だ。

 若返りの霊薬がアプアの実から作られるなら、それが生る霊木の存在する森に住むエルフは、どうしたって邪魔な存在になるだろう。

 あぁ、いや、……その森の霊木からアプアの実を得る為に、エルフを従属させる方法があるのか。


 クォーラム教の聖教主は、今も代替わりすらせずに健在だと言われてるらしい。

 またクォーラム教の幹部達も、人間とは思えぬ程に長く生きるそうだ。

 それが若返りの霊薬の効果なのか、或いは彼らが仙人崩れ、吸血鬼や吸精鬼の類だったりするのかは、わからないけれど、彼らはそれを、神の加護だと称してる。


 他種族への不満と、様々な薬。

 その二つを利用して、クォーラム教は西部の人間を一色に染め上げる。

 一つの教えに纏まり、強力な勢力となった人間は、それが当然の権利であるとして、他種族への弾圧をしてきた。



「うーん……、やっぱり空が見えるって、いいよね」

 僕は大きく伸びをして、胸いっぱいに空気を吸い込む。

 死の谷ではずっと頭の上が霧で覆われてて、圧し掛かられるような重苦しさがあったから、久しぶりに綺麗に見える空はどこまでも高くて、実に心地が好かった。


 西部の地は、今は変化の最中にある。

 その変化の中心に近い場所に、恐らくウィンはいるのだろう。

 だがその変化の方向性は、未だ定まらずに渾沌だ。

 何が起こるのか、いや、今、この時ですら、何かが起きている最中なのかもしれないし、わからない。


 仮に連合した他種族側が勝利したなら、……どうなるだろうか。

 弾圧された数百年で積み重なった敵対心は、果たしてこの西部に、人間という種族を残すだろうか。

 苛烈な虐殺が起こる可能性もあった。

 ウィンがそれを望まなかったとしてもだ。


 いや、ウィンがそれを望まなければ、ハーフエルフである彼が半分引く人間の血が、もしかすると災いとなる。

 杞憂ならばいいのだけれど……。


 空は、地で何があろうと変わらない。

 陽光で照らし、時に雲に覆われて雨を降らし、気紛れに大風も吹かせる。

 今日の風は、北西に向かって吹いていた。

 僕はその風に背中を押されて、北西に向かって歩き出す。

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