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 約束の十年が過ぎ、僕がシヨウの国を出る日がやって来た。

 この十年でシヨウの国の体制も整い、僕は何の憂いもなく西部を目指して旅立てるかというと、もちろんそんな事はない。


 レアスにテューレ、他にも僕の集めたエルフ達は優秀で、僕が思いもしなかった問題を見付け、それを解決する為に動いてくれる。

 長老もそんな若いエルフ達に支援を惜しまず、すると他のエルフだって、シヨウの国の統治体制を受け入れて日々を暮らしてた。

 敵対国の一つだったカザリアの名前は地図上から消え、代わりにジルチアスがその地を治めて、シヨウの国の東側を流れる川を利用した水運は、ますます発展している最中だ。


 大きな目で見れば、全ては上手く動いてて、それは間違いない事実だろう。

 だがそれでも問題はまだまだ多いのだ。

 例えばエルフの中にも、レアスやテューレのように役割を持って働きたいという者は出てきて、しかしそんな風に考えた志ある者を採用したり、教育する制度は整っていない。

 外を見れば、消えてなくなったカザリア以外にも、西側にはまだキルギアやデュリグルと敵対国が残っているし、西中央部には他にも西部の宗教を国教としてる国は多くある。


 結局、全ての問題を解決するには、十年なんて時間じゃ短すぎるのだ。

 あぁ、いや、人と人が関われば、必ずそこには問題が生じる。

 国が人の集まりであるのなら、人の営みが続く限り、問題が尽きる事はないのだろう。

 だから全ての問題が解決する日なんて多分来ないし、……僕がそれを解決し続ける必要は、きっとない。


 だってさっきも述べた通りに、大きな目で見れば全ては上手く動いている。

 エルフ達が協力し合い、問題を認識しては解決し、昨日より今日を良くし、更に明日はより良くしようと努力を続けてるから。

 僕が旅立っても、大丈夫だ。



 多くのエルフが、旅立つ僕の見送りに集まっていた。

 いや、正確に言えば、この場に集まってないエルフも、僕がこのシヨウの国を出るまでの道のどこかで、僕を見送る為に待っている。

 実に大袈裟な話だけれど、……こればかりは仕方ない。

 もしもその見送りを嫌がり、僕が姿を眩ませてしまえば、レアス達が他のエルフから不信感を持たれてしまいかねないから。

 僕は多くのエルフに見送られ、彼らを悲しませ、納得させて旅立つ必要がある。


 そして不思議と、今の僕はそれを嫌だと感じない。

 ずっと昔の僕なら、エルフに崇められたり傅かれたりするのは、嫌だったり鬱陶しいと思ったのだろうけれど、今は不思議とそうでもなかった。

 多分慣れたというのもあるのだけれど、エルフ達が僕を好いてそうしてくれたり、そう感じてるのだというのも、もう理解をしてるから。


 あぁ、僕が嫌だったのは、僕を通してエルフが抱くハイエルフに対する幻想だけを見て、僕自身を見て貰えない事だったのだと、今になればわかる。

 でもレアスやテューレ、その他にも僕と触れ合って、僕を知ってくれたエルフ達は、ハイエルフが去ってしまうからじゃなくて、僕が居なくなるのを悲しんでくれている。


 もちろんエルフと僕の関係に、僕がハイエルフであるという事実は必ず付いてくるだろう。

 だってハイエルフという種族に生まれて、精霊に囲まれて、助けられて生きて来たのだから、それは当たり前だ。

 僕から切り離せる事じゃないし、別に切り離したいとも思わない。

 ただ今は、皆が僕を、エルフがイメージしたハイエルフじゃなくて、エイサーというハイエルフを知ってくれているから、崇められても傅かれても、大袈裟だなぁとは思うけれど、不快だとまでは感じなかった。


「エイサー様、……西は、以前のここよりもずっと酷い場所だと聞きます。貴方様には不要な心配かもしれません。でも私は、いえ、我らはエイサー様のご無事を願い続けるでしょう」

 旅立つ僕に、レアスがそんな言葉を口にする。

 僕がこの国のこれからを心配するように、彼もまた、僕の事を心配してくれていた。

 少しばかり大袈裟だけれど、その気持ちを嬉しく思う。


 ただ今、この時に至って改めて思うのは、僕は十年間で西中央部にもアイレナのような存在を作る心算だったのだけれど、……レアスはアイレナとはやっぱり大きく違うなぁって、下らない事だった。

 まぁ当たり前だが性別も違うし。

 何よりアイレナ程の安定感は、まだまだレアスには足りてない。

 だけどテューレが彼を支えるならば、この地を背負うに物足りなさは感じなかった。


「大丈夫。西部で頑張ってる子に会いに行くだけだからね。それに永遠の別れじゃない。僕らには長い時間があるから、きっとまた会えるよ」

 僕はレアスにそう告げて、周囲のエルフ達に手を振って、背を向けて歩き出す。


 次にこの地を訪れる時、シヨウの国はどんな風になっているだろう。

 思わぬ発展を遂げているだろうか、それとも既に役割を終えているだろうか。

 もしもエルフ達を元の小さな森に返す時に訪れる事ができたなら、僕はそれを手伝いたい。


 僕は西に向かって歩く。

 シヨウの国を出れば、また暫くは人里に近寄れない旅になるけれど、それもすっかり慣れっこだ。

 陸路で西部に向かうなら、西中央部と西部を区切る難所が、やっぱりここにも存在するらしいけれど、多分どうにかなるだろう。


 ふと、道の途中に、真新しい石の像がある事に気付く。

 それは僕が石を用意して彫った物じゃない。

 恐らくは大人のエルフの誰かが石を用意して、……それを僕が指先での彫刻を教えたエルフの子供が彫ったのだろう。

 そして、それは間違いなく、僕を模した像だった。

 もちろん完成度が高い訳では決してないけれど、彫った誰かの気持ちが伝わって来るような、作品。

 あぁ、そうか、僕はこんな風に、彼らの目に映っていたのか。


 少しばかり大袈裟だったが、何時もと変わらぬ人との別れと、何時もと変わらぬ旅路。

 後ろ髪は引かれるけれど、足を止めずに歩いて行こう。

 その先に、また新しい何かが僕を待つ。

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