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 僕が人材集め、優秀なエルフを探し始めてから暫くが経つ。

 具体的にはこの地に来てから、もう三ヵ月程が過ぎている。

 イネェルダと周辺国の境を川で遮ってしまう計画は、今はその準備中だ。


 というのも、どうにも僕を手伝いたいというエルフが多くいるようで、そうした者達には国境に沿って目印となる穴を掘って貰っていた。

 僕が川を作る時は、その穴を目印として感知して、穴と穴を繋げるように幅が数十メートルから数百メートルの溝を掘り、そこに大量の水を呼ぶ。

 川というよりも巨大な水堀のような気もするけれど、後でどこかの川と繋げ、水が循環するように精霊に頼んでおこう。

 どうせ作るなら外敵を防ぐだけの水堀よりも、生き物が流入した川の方が、僕が何となく楽しいから。


 実は目印となる穴がなくても、大雑把な地図があれば僕は川を作れるけれども、より正確に国境に川という線を引くなら、エルフの助力はありがたい。

 何よりも全てを僕頼りにするのではなく、できる範囲は自分達で動くという彼らの姿勢が嬉しかったから、今はその準備が整うのを待っている。


 優秀なエルフを集めると決めた僕が、けれども意識してるのは、能力がある者ばかりを見てはならないという事だ。

 才ある者、特に異才のある者は見出されれば喜び、大いに働いてくれるだろう。

 それはもちろんそれでいい。


 だけどそんな際立った才を持たぬ者とて、できれば自分を見て欲しいと思ってる。

 別にそれは少しも大それた事じゃない。

 誰だって自分を認めて見て欲しい、褒めて欲しいと考える、特別じゃない当たり前の感情だ。

 そして更に当たり前の話だが、それが百人の集団でも千人でも万人でも、際立った才を持つ者はごく一部で、残る大半はそうじゃない。

 才ばかりを見て目を掛け続ければ、緩やかに不満が募るだろう。


 そういった意味でも、今回の川を作る準備に、多くのエルフが関わってくれた事は素直にありがたかった。

 川を作り終わったら、祝いの席でも設けてそのエルフの一人一人に、礼を言って回れるから。



 さて、では川を作る準備が整うのを待つ僕が、一体今は何をしてるのかといえば、

「エイサーさま! こう?」

 エルフの子供達に彫刻を教えてる。

 ……といっても、ノミやタガネをハンマーで叩いて石を削る本格的な物ではなく、僕が用意した小さめの石材を子供達が指でなぞり、その指示通りに地の精霊が削って形を作っていくという遊びであった。

 最終的には頑張れば子供でも抱えられる程の、小さな石像ができあがる。


「そうそう、上手い上手い。これは鳥の像だね。なんていう鳥だろう?」

 褒めるように僕がそう言えば、エルフの子供は嬉しそうに笑う。

 何て鳥なのかは結局教えてくれなかったけれど、それでも楽しんでくれているようで何よりだ。


 当然ながら子供の作った物だから、歪みもあるし細部のイメージはとても甘い。

 しかしそれとわかる形を作れるだけでも、僕は大したものだと思ってる。

 何故なら地の精霊の力を借りて石を削るのは、実は思うよりも難しいから。


 精霊に思う通りに動いて貰うには、普段から精霊と親しく付き合う事と、正確なイメージを伝える事、この二つが重要だった。

 親しくなければ精霊には頼みなんて聞いて貰えないし、親しく付き合えていても頼み方が悪ければ、正しくこちらの望みは伝わらない。

 もちろん精霊との親和性や共感力といった色んな要素はあるけれど、結局は仲良しにお願いして助けて貰うのが精霊術だ。


 だからこそ精霊術の訓練は、精霊にも本人にも楽しい物が良いと僕は思う。

 何かの形を作り残す事は、精霊にも子供にも楽しめるだろうし、また確固たるイメージを作り、それを精霊に伝える練習にもなる。

 実際、僕がマイオス先生に彫刻を習っている時は精霊の力を借りずにノミやタガネで石材を削っていたが、それでも周囲の精霊達は興味深げに僕の作業を見守っていたし。


 この子達が大人になるのは何十年も先だから、その頃までには西中央部の状況も変わっているとは思うけれど、それでも力を身に付けておいて損はない。

 今の状況はエルフにとって災厄だけれど、それでもエルフの生きる長い時間から見れば、ほんの一時の事でしかないだろう。

 訪れる未来でこの子達がどんな風に生きるのかはわからないけれど、必ず精霊は傍に居るから。

 僕はこの遊びを通して精霊との接し方、助けて貰い方を子供達に教えている。


 もし仮に本格的に、彫刻を学びたいという子が現れたなら、その時はノミやタガネで石材を削るやり方を教える必要もあるだろうけれども。

 まぁ、この子達にはまだまだ早い。


「エイサーさま、これ誰?」

 ふと子供の一人が、僕の手元を覗き込んで、そう問うた。

 子供達の様子を見ながら僕が石を削って作っていたのは、今はもう亡き人間の友、遠い町で衛兵をしていたロドナーの像だ。

 ……どうして僕がロドナーの像を作っていたのか、特に理由はないのだけれど、あぁ、でも、子供達を見ていて、優しい気持ちになったからかもしれない。

 彼は、そう、とても優しくて、面倒見のいい奴だったから。


「あぁ、うん、これは……、僕の友達だった人間だよ。凄く良い奴でね。人間の町で僕が困ってる時、あれこれと世話して、助けてくれたんだ」

 ただ、子供達への説明には、少しばかり困ってしまう。

 このエルフの子供達の中には、人間から逃れてイネェルダに来た子も混じってる。

 せめてクレイアスやらシズキなら、人間であっても凄い剣士だと面白おかしく話をして、興味を惹く事もできたのだろうけれど……。


 ロドナーは本当に、いい奴としか言いようがないから。

 でも深い森を出てきて初めて会った人間が、あんなにもいい奴だったロドナーである事は、僕にとっての幸いだった。

 そう、こういう言い方をすると少し大げさかもしれないけれど、僕にとってはロドナーこそが、良き人間の一面なのだ。

 彼の生きる時間が終わってしまっても、僕の中ではずっと。


 僕の言葉を聞いた子は、神妙な顔でロドナーの、まだ未完成の像を見詰め、

「人間さん、エイサーさまを助けてくれて、ありがとうございました!」

 そんな言葉を口にする。


 あぁ、本当に驚いた。

 そんな言葉が出てくるなんて、思わなかった。

 全くもう、子供は凄い。

 ちょっと、胸が痞えて泣きそうになったじゃないか。


 だけど涙ぐんでしまったら、この子をびっくりさせてしまうから。

 僕は心を落ち着かせて、子供の頭を撫でて笑って見せる。

 するとそれを見た他の子も、僕に撫でて欲しいのか集まってくるけれど、……あぁ、胸を占めるこの感情を、僕は言葉に言い表せられない。


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