第207話


 ドワーフの国から届いた玉鋼は、流石にドワーフと言うべきか、僕の注文通りの代物だった。

 しかしそれでも最初の工程は、やはり玉鋼の選別から始まる。

 あまり強く加熱し過ぎず、赤みを帯びた玉鋼を、叩いて薄く延ばしていく。

 十分に薄く延びたら、今度はそれを用意した水に浸けて急速に冷やす。


 すると硬い鋼は、自然と割れ、砕けるが、柔らかい鋼は割れないし、砕けない。

 あぁ、尤もそれだけじゃ足りないので、小槌で叩いて更に割れる部分は割るけれど。


 これが玉鋼の選別だ。

 割れた硬い鋼は刀の刃の部分に使う、皮鉄(かわがね)。

 割れない柔らかい鋼は刀の芯の部分に使う、心鉄(しんがね)。


 僕を見守るヨソギ流の鍛冶師達は、既に一体何をしてるのかといった顔になってるので、適宜解説を挟む。

 今、僕の作業を見守るのは、鍛冶部門の責任者であるソウハと、その幾人かの高弟。

 更にソウハの子の中で、一人だけこの場に立つ資格が有りと認められたカイリだった。

 

 割れた鋼を積み重ね、鍛錬を行う。

 この鍛錬の際に散る火花で不純物を抜いて行けば、積み重ねた鋼の量は大幅に減少する。

 その際に、良質な鋼も火花として散ってしまわないよう、幾つか工夫を説明しながら、僕の作業は続く。


 もちろんこの作業は、一日や二日で終わるものじゃない。

 周囲の鍛冶師も手伝えるところは手伝ってくれるが、過度の期待は厳禁だ。


 作業工程は多く、……何しろ今回は研ぎまで全て僕がやる必要がある。

 今回は試作で、出来上がった刀はドワーフの国に送る約束になっていた。

 尤も鞘や柄は後回しで、まずは刀身のみを送る事になるけれど。

 そうなると恐らく、次はドワーフの鍛冶師達がこの鍛冶場に見学に来て……、あぁ、暫くは忙しい事になるだろう。


 その先に待つのは、ヨソギ流の鍛冶師とドワーフの鍛冶師による、競い合いだ。

 刀の作製というこの地では新しい分野を巡って、両者は争う事になるだろう。


 鍛冶に於いて、ドワーフは他の種族に譲らない。

 当然刀の作製に関しても、ドワーフは第一人者であろうとする。

 しかしヨソギ流の鍛冶師達とて、僕がそれを伝えた経緯や、或いはこの地に流れ着いた祖先を想えば、簡単にそれを譲れはしまい。

 寧ろ相手がドワーフだからと委縮して、簡単に道を譲ってしまうようでは、折角興ったヨソギ流の鍛冶もやがては途絶えてしまうと、僕は思う。


 材料である玉鋼の生産はドワーフの国に任せたから、その点ではドワーフ達が一歩前を行く。

 だけどヨソギ流の鍛冶師達は、ドワーフよりも先に、更に近くで僕から技術を学ぶ。

 競い合う条件としては、中々に悪くない。


 実際のところ、ヨソギ流の鍛冶師だけが刀の作製技術を身に付けても、彼らはそれを秘匿し、受け継ぐのみだろう。

 ドワーフだけが刀の作製技術を身に付けても、やはり彼らはそれをごく稀に使うのみで、仕舞い込んでしまう可能性が高かった。

 何故ならこの地に、刀の需要なんて殆どないから。

 だけどヨソギ流の鍛冶師とドワーフ達が、己の誇りを胸に競うなら、その技術は磨かれて、或いは他にも活かされて、新しい何かを生む可能性もある。


 そうなると僕は、とても楽しい。

 まぁ基礎となる鍛冶技術に関しては、ドワーフ達が当然勝ってる。

 ヨソギ流の鍛冶師の中でも、ソウハはかなりの腕があるが、それでも僕にはまだ及ばないし、僕だって師であるアズヴァルドには及ばなかった。

 だからこそヨソギ流の鍛冶師達がドワーフに食い下がるには、刀に関してだけは負けないという熱意と、刀という存在に対する思い入れが必要だ。

 その熱意を育てるのは、僕もできる限り手伝おう。


 特に重要なのは、カイリを筆頭とした次代の育成か。

 ドワーフは人間に比べて寿命が長いので、個人で研鑽を積める時間もまた長い。

 ソウハはまだまだ現役だけれど、やがては衰えも出てくるだろう。

 その時、ソウハからカイリへ、古参の弟子から新参の弟子へ、上手く技術や志を引き継げなければ、それだけで人間はドワーフに遅れを取ってしまう。


 ソウハや古参の弟子が退いた後を担う次の世代は、悪いとまでは言わないが、今のままでは少しばかり物足りない。

 これまでヨソギ流の鍛冶師が比べられたのは、王都の他の鍛冶師達だ。

 そう、王都の鍛冶師が相手なら、今のままの彼らでも十分に並び立てた。


 しかしこれから先、比べられる相手はドワーフになる。

 当然ながら必要とされる覚悟と研鑽は、これまでの比ではない。



 区切りの良いところで手を止めて、ぐるりと辺りを見回せば、固唾を飲んで見守っていた、ヨソギ流の鍛冶師達の空気も緩む。

 その中の一人、カイリの表情は真剣そのもので、僕から何かを得ようと必死な様子に見えた。

 そんな彼の顔が、もう三十年程も前になるだろうか、僕から鍛冶を学んでいた時のソウハに重なる。


 懐かしさと共に、そんな顔のできるカイリなら大丈夫かとも、そう思う。

 彼は生真面目で責任感が強く、他の皆から信頼されてた。

 鍛冶に対する熱意だって、十分にあるし。


 出会ったばかりの頃は僕を警戒してたカイリも、今ではそれなりに認めてくれてるらしい。

 シズキとの手合わせの後、彼の態度は大きく変わった。

 どうやらそれまで、シズキの一撃を初見で防げた剣士はいなかったらしく、それで見る目が変わったのだとか。

 カイリは剣士を志してる訳ではないけれど、道場という環境で育っただけあって、実力者への敬意は強く胸に抱いている。


 もちろんそれは切っ掛けで、本当に認めたのはそれから後に、鍛冶場での僕を見ての筈だ。

 何しろ打ち上げた作品は、決して嘘を吐かないのだから。


 まぁ少なくとも指導をする分には、信頼関係には何の問題もないだろう。

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