第196話
「それにしても、大きくなったねぇ」
エルフのキャラバンと合流した僕は、思わずそう口にする。
といっても、エルフの誰かが大きく成長したって話じゃない。
キャラバンに参加してるエルフは、一応は誰もが一人前と認められる年齢だし、そもそも子供であっても、エルフは十年や二十年じゃ、そんなには大きくならない生き物だ。
「やぁ、エイサー様の驚く顔が見れるなんて、頑張った甲斐があったってもんですよ」
誇らしげにそう言うのは、エルフの吟遊詩人であるヒューレシオ。
もちろん彼も、別に大きく育っていたりはしない。
「ちょっと、ヒュー、別に貴方はそんなに、……少しくらいしか、頑張ってないでしょ。エイサー様、沢山頑張ったのはアイレナさんですからね!」
なんてヒューレシオに突っ込むのは、やはりエルフの画家であるレビース。
変わらない二人のやり取りに、僕も思わず笑ってしまう。
では一体何が大きくなったのかといえば、それはエルフのキャラバンの規模の話だ。
以前は八名程だったキャラバンの構成員が、今では二十を軽く超えてる。
馬車の数も増えてるし、馬車に乗り切れずに馬で移動するエルフもいた。
これだったら丁度いい。
僕は馬車に乗ると酔うから、馬を一頭借りるとしよう。
もう僕は以前の僕と違って、一人で馬の背に乗っての移動が、可能なのだ。
エルフのキャラバンの規模の拡大には、恐らくは正と負の、両方の事情があるのだろう。
正は間違いなく、エルフのキャラバンが行き交うようになった影響を受けて、森のエルフの中にも、外への興味を持つ者が増えたのであろう事。
あぁ、それを悪い変化だと思うエルフも当然いるだろうけれども、僕の感覚からすれば、それは良い変化だと思える。
ただ人間の世界に一人で飛び込むのは勇気が必要だから、キャラバンに身を寄せて同胞と過ごす。
或いはエルフのキャラバンが、一つの動く森になりつつあるのかもしれない。
負の影響は、世情の悪化だ。
数を増やして纏まらなければ、今の大陸の中央部では、旅が危険になったのだろう。
僕にとってはそんなに大差はないけれど、……自分で言うのも何だけれども、僕は例外の部類だった。
並のエルフはそこまで戦闘を得意とする訳じゃない。
それでも集まり身を寄せ合えば、不要な危険を遠ざけられる。
またアイレナや、冒険者をしてきたエルフも所属するキャラバンならば、身を護る術も教えられるから。
必要に迫られて、エルフのキャラバンは大きくなったのだと、そんな風に僕には思えた。
その裏には、並ならぬ苦労があったに違いない。
アイレナはもちろん、ヒューレシオやレビースだって、一杯頑張った筈なのだ。
だからこそレビースも、ヒューレシオの頑張りを、完全には否定しなかったのだろう。
「うん、驚いたよ。ヒューレシオも、レビースも、凄いね。あぁ、ジュルチャにピューネも、久しぶり。頑張ったね」
名を知るキャラバンの古参達の名を、一人ずつ呼んでいく。
ピューネも結局、キャラバンに居ついたのか。
踊り子にはなったのだろうか?
「はい、エイサー様が無事に戻られて、嬉しいです!」
明るい声でそう答えてくれるピューネだけれど、今の彼女が何をしているのかはわからなかった。
あぁ、でもジュルチャが後ろで目配せしてるから、どうやら無事にピューネは踊り子になったらしい。
それは少し、いや、凄く、披露の時が楽しみだ。
キャラバンはこれから、ズィーデンをぐるりと一周して、エルフの集落の長老達と話し合いを持つ。
長老達と話し合うのは、集落に大きな負担のない範囲で、今回の件に関しての協力を要請する為だった。
森のエルフ達が求めるのは自分達の安寧。
しかし僕や、エルフのキャラバンが求めるのは、もう少しばかり大きな物。
僕らは森の中だけではなく、大陸の中央部自体を、少しでも安寧に導きたい。
この両者のズレは、早めに埋めておかなければ、思わぬところで足を掬われかねないだろう。
故に話し合い、エルフ達の意思を統一する事が必要だ。
大国となったズィーデンは随分と広いから、エルフが住む全ての森を回るには、それなりの時間が必要だった。
まぁでも、焦る必要は別にない。
むしろ今のところ、焦っているのは、和解を完全な物として安心したいのはズィーデンで、エルフは主導権を握る側である。
焦らし過ぎればズィーデンが暴走する事だってあるかもしれないが、アイレナならばその匙加減は間違えない。
だから僕は、そう、暫くはキャラバンの旅を、気楽に楽しむ事にしよう。
ここは僕が、安心して気を緩められる場所の一つだから。
「エイサー様、東はどんなところでしたか?」
「はじめましてエイサー様、私はクキの森で生まれたラジェンドと呼ばれる者です。お目に掛かれて光栄に存じます」
といっても顔見知りのエルフからの質問攻めや、初めて会うエルフからの自己紹介が終わるまでは、もう少しの間は落ち着けそうにないけれど。
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