第175話


 音楽に合わせ、身体を捻り、しならせて踊る女性達を眺めながら、僕は敷布の上に置かれた皿に手を伸ばす。

 皿の上に載った料理は、麦を練った皮で、蒸した魚のすり身を棒状に包み、焼き上げた物。

 それに専用のソースを付けて食べるのだけれど、手で食べ易いし、味もなかなかだ。

 咀嚼し、飲み下してから、次に僕は小さな壺を抱えて、中に入った果汁に口を付ける。

 甘みの強い液体が、喉を滑り落ちる感覚が、心地良い。


 ちらりと隣に目をやれば、僕をここに連れて来てくれたスインが、別の商人と談笑してる。

 どうやら彼が今日の食事を、かなり高級な店になるのであろうこの場所で御馳走してくれたのは、僕に対するもてなし、親切心が半分。

 そして残りの半分は、エルフという珍しい客人を連れていると周囲にアピールする事で、自身の縁故を広げ、この国における立場を高める狙いもあるのだろう。


 ……まぁ、別に僕としては食事を御馳走になってるだけで、スインの役に立つのなら何の文句もなかった。

 恐らくそうやって僕の事を話題に出して、西に向かう船を探してもくれているのだ。

 それにこうして僕が彼の役に立てるのは、これが最後の機会となる筈だから。


 次に運ばれてきた料理は、油で揚げた魚を葉物野菜で包んで食べるらしい。

 この国、ミンタールの料理は、手で食べ易いように工夫された物が多かった。

 しかしそれにしても、高価な油を大量に使う揚げ物が簡単に出てくるなんて、ミンタールは本当に豊かで、尚且つこの店はお高い店なのだろうなぁと、そう思う。


 口に運べば、揚げ物に特有の食感が楽しく、更に閉じ込められた旨味が口の中に一気に広がる。

 つまりは、そう、本当に贅沢な料理だ。

 夢中でがっつきたい所だけれど、あまり品のない姿を見せると、連れて来てくれたスインの株を下げてしまう。

 かといってあまり素っ気ない風に食べれば、それはそれでこの国の料理を誇りに思う人々の心象を害す。

 ちょっと面倒臭いけれども、嬉しそうに、されど品を保って食べて見せて、スインの顔を立てようか。


 でも次、うん、明日からは、自分でもっと気楽な店を探して食べよう。

 こういうのは、対応できない訳じゃないけれど、僕にはあまり向いてない。


 僅かに指についた油に、思わず舐めたくなるのを我慢して、僕はさりげなく周囲を見回す。

 すると幾人かが敷布の端で指を拭っているのを見たので、真似て油を拭き取った。

 これが正解なのかどうかは分からないが、少なくとも舐めるよりはマシだろう。


 それからまた、壺の果汁に口を付ける。

 そういえばミンタールでは、食事時に飲酒はしないらしい。

 だけど完全に酒が禁止されているのかといえば、別にそんな事はなく、どうやらこの国の人々は、酒は夜に自室でひっそりと飲むようだ。

 恐らく酒に関わるトラブルを避ける為の風習なのだろうけれども、僕からするとそれは少し寂しく感じた。

 乱れ、失敗を犯し、時には殴り合いの喧嘩に発展する事すら、酒の面白い所であるから。

 まぁそれはハイエルフというより、ドワーフに近い意見かもしれないけれども。

 ……うん。


 だがこれまで接してこなかった文化、風習を目の当たりにし、体験できるのは、面白かった。

 自分の価値観では違和感を覚えたり、納得の行かない事もあるけれど、その地の風土、歴史を詳しく知れば、そうなった経緯、そうである理由が隠されている。

 一体どうして、この地ではお酒をこっそり嗜むようになったのか。

 もしかすると時の王様が、お酒の席で酷い失敗でもしたのだろうかと想像すると、何だかそれだけで少し楽しい。



 ふと、踊る女性の一人と、視線が合う。

 艶やかな女性で、美女といって差し支えない。

 動きの一つ一つに、人の視線を惹き付ける力があった。


 敢えて難癖をつけるなら、彼女の動きは音楽に、周囲の踊りに合わせてはいたけれど、根本的には自分を良く見せる為の物で、周囲の踊りと合わさって完成度を高める類の物ではない事だろうか。

 ただそれに関しては、他の踊る女性達も同様で、彼女らは競い合うように自らの魅力を振り撒いている。


 その理由は、スインには事前に聞かされていたけれど、この店で踊る女性とは、客が一夜を共にする事があるそうだ。

 尤もそれは、単に客が必要な金銭を出すだけでなく、その振る舞いや贈り物で、彼女らに気に入られる必要もあるという。

 このミンタールでの踊りは教養の一つで、その名手である彼女らの立場は、決して低い物ではない。

 名高い踊り子を妻として迎えるのは、この国の富裕層にとっては名誉な事になるんだとか。


 要するに余所者の、しかも異種族である僕には全く関係のない話で、だからこそ気楽にその踊りを楽しんで、こんな感想も抱ける。

 僕が褒め称えるように手を叩けば、目が合った彼女は得意気な笑みを浮かべて、更に熱を込めて踊り出す。


 仮にこの国で顔が広く、財産も持ってるスインが同じような真似をすれば、踊る彼女達に妙な期待や嫉妬を招く場合もあるだろう。

 だからスインは、殊更に踊り子の誰かを見つめたりもしないし、その振る舞いには注意を払ってる。

 でも僕にはそんな事情は関係ないから、この時限りの食事と踊りを、心行くまで楽しめた。

 食事の最後に出された果実には見事な彫刻が入ってて、……こればかりは食べてしまうのを惜しいと思わされたけれども。

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