第173話


「我らの友に乾杯だ!!」

 船長であるスインの音頭に、船員達が掲げた木製ジョッキをぶつけ合う。

 皆がそれを一気に飲み干し、我先にと開けた酒樽から酒を汲む。

 こう、実に野蛮な宴会だけれど、それが良い。


 僕も酒に口を付けるが、かなり甘い酒だった。

 あぁ、これは、……サトウキビの酒だろうか。

 サトウキビの酒といえば、砂糖を絞り終わったサトウキビの汁、廃糖蜜を利用して作る蒸留酒、ラム酒を思い浮かべるけれど、これはまた別である。

 恐らくは、サトウキビを発酵させて作った、醸造酒じゃないだろうか。


 中々に面白い、酒だった。

 それから味も、悪くない。


 味を確かめた僕は、更にグイと呷って喉に流し込む。

 酒精はそんなに強くないから、それなりの量が飲めるだろう。

 それから料理に手を伸ばし、あばら骨付きの肉を、齧り取って喰らう。

 船の上では肉といえば、保存ができるように塩漬けにした物が主になるから、いつもとは違うちゃんとした脂の旨味が、殊更に堪らない。


 酒は僕がバドモドの島で手に入れた物を提供したが、料理の食材はスインが奮発してくれた。

 どうやらスインは、船の上で宴会になる事を見越して、食材の肉を仕入れていてくれたのだろう。

 流石は一流の商人でもあるだけあって、全く本当に、気の利く男だ。


 でもこうして久しぶりに、脂がたっぷりとのった肉を食べると、なんだか狩りがしたくなってくる。

 血の滴るようなステーキが食べたいというのもあるけれど、自らの手で獲物を狩り、余さずに食べる喜びを、久しぶりに味わいたくなったのだ。

 まだもう少し先の話になるけれど、大陸の中央部に戻ったら、どこかの森に入ろうか。


 ぐるりと周囲を見回せば、残念ながらこの宴に参加できない、見張りの船員と目が合った。

 ばつが悪そうに目を逸らす彼だったが、その気持ちは良くわかる。

 誰だって美味そうな食事は羨ましいし、酒を飲んで騒ぎに加わりたいのは、当然だ。

 まぁ食事に関しては、不満の解消のためにもスインがそれなりの物を、当番で宴に参加できない船員達にも出すだろうから、それで堪えて貰うより他にない。


 改めて、酒に口を付ける。

 船員達が頻繁に酒の礼を言いにくるが、気にするような事じゃないのだ。

 どうせ一人で飲み切れる量じゃなかったのだから、こうして大勢で消費する方が、僕だって楽しい。

 それに彼らとは、ミンタールに着いたらお別れになる。

 だったらこうして酒を飲んで肉を喰らって、思い出の一つでも増やすのは、決して悪い事じゃないだろう。



「なぁ、森人様……、いや、エイサーさんよ。アンタいっそ船員としてこの船に残らないか」

 宴の最中、僕の傍にやってきた船長のスインが、不意にそんな事を言い出した。

 彼の意図をつかみかね、僕が首を傾げると、

「いやもちろん、アンタみたいな人に平船員なんて言わねえぜ。何かしらの役職は考えるさ。アンタならどんな待遇で迎え入れても、うちの連中は納得するだろうしな」

 彼は慌てた風にそう言い加える。

 ……どうやら、結構本気で言ってるらしい。


 あぁ、それも多分、決して悪くはないのだろう。

 色んな場所を旅する船で働くのは、……あぁ、僕に向いてる気が、割とする。

 海の男達のわかり易い性格は、僕にとって好ましい物だし、海に囲まれて風に吹かれる環境は、精霊達の声もよく聞こえて、心地が良かった。


 だから何時かは、船で働くのも悪くないと、そう思う。

 いやいっそ、船で働くのではなく、自分の船を持つ方が楽しいだろうか。

 海や風に宿る精霊の助けを借りれば、それこそ僕は、この世界のどこにだって船で行ける。

 それは想像するだけでも、胸が高鳴る素敵な旅だ。


 でもだからこそ、僕は首を横に振る。

「嬉しい誘いだけれど、今はそれはできないよ。陸には、まだ僕が行かなきゃならない場所、待っててくれる人も、いるからね」

 そう、それが素敵な旅になる予感があるからこそ、それをするのは今じゃない。

 仮に僕が船に乗り、あちらこちらを夢中で旅してまわったなら、ふと気付いた時には、きっとこの大陸の知人は殆ど残っていないだろう。

 あぁ、もちろん、故郷の深い森に住むハイエルフや、精霊、黄金竜、仙人といった、不滅の連中は別だけれども。

 アイレナ達、エルフだって、僕よりは早くに死んでしまうのだから。

 或いは知人達の墓ですら、僕より先に朽ちてしまう。


「そうかい。いや、残念だ。でも俺はよ、エイサーさん。アンタみたいな森人を船に乗せた事、絶対に忘れないぜ。……まぁまだミンタールには暫くかかるし、よろしくな」

 断る僕に、そういって手を差し出すスイン。

 僕もその手を、固く握る。


 そして丁度その時、そろそろ酒が回ったのだろうか。

 飲んでいた船員達の間で、騒ぎが起きた。

 よし、それもまた、少しばかり楽しみにしていたイベントだ。


 僕はスインの手を離し、懐から取り出した革の手袋を付け、今度は拳を硬く握った。

 スインだけじゃなく、全ての船員が僕を忘れられないように、伝説を創ろう。

 目指すは全員ノックアウト。

 突然の行動に驚くスインに笑みを向けてから、僕は船員達の騒ぎに飛び込んだ。

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