第154話


 港町というのは、人と物が集まる場所だ。

 たとえ文化が大きく異なる地でも、その理は変わらない。

 そして人と物が集まれば、その流れに乗って情報も一緒に集まってくる。


 ついでに言うなら、人が集まる場所だからこそ、余所者に対しても見慣れてる分、隔意も比較的に薄い。

 これが人の出入りがあまりない農村になると、どうしても余所者は警戒されがちだ。


 そういった意味で、この国で最初に訪れたのが港町というのは、僕にとっては都合が良かった。

 まぁ船に乗ってこの扶桑の国、大陸から離れた島国にやって来たのだから、港町に辿り着くのは当たり前ではあるのだけれど。

 いずれにしても僕はこの海陽の港に暫く留まり、まずは扶桑の国を知るところから始める。

 地理や文化に風習、犯してはならぬ法や、人の物の考え方等、知っておくべき事は数多い。


 ……特に僕は前世の記憶で、この扶桑の国に近い文化を知っているからこそ、その思い込みだけで動いてしまうのはあまりに危険だろう。

 幾ら扶桑の国の文化が、僕の知る日本のそれに近くても、その二つは決して同じではない。

 何故なら扶桑の国は、人と鬼が戦う戦場でもあるのだから。

 僕の前世の記憶にある常識や倫理観なんて、ここでは全くあてにならないのだ。


 まぁそれはさておき、扶桑の国での僕の目的は、大きく二つある。

 一つはそもそもの旅の目的であった、ヨソギ流の源流を探る事。

 それからもう一つは、この国の象徴とされる巨樹、扶桑樹をこの目で見る事だった。


 尤もヨソギ流に関しては、今もこの扶桑の国に残っているのかどうかは、わからない。

 だってヨソギ流が遥か遠く、大陸の中央部にまで流れて行って、ルードリア王国で根付いた事には、深い理由がある筈。

 もしかするとヨソギ流どころか、何の記録すら、もう扶桑の国には残っていない可能性だって、皆無じゃなかった。

 ただまぁ、幸いと僕には、それを調べる為の時間は沢山あるのだ。

 もう一つの目的である扶桑樹だって、まさか消えてなくなりはしないだろう。


 扶桑の国の隅々までを探す事は流石に難しくとも、常識を知りこの地に馴染み、知己を得れば視野も聞こえる耳も探す手も、遠くまで広がって届くようにもなる。

 或いは十年や二十年、この地に留まる可能性も、考えておこう。

 流石にそれ以上となると、大陸の中央部に戻った後、もう知ってる顔が一つもないって事態になりかねないけれども。

 もちろん早く用事が済むなら、サッサと帰る心算はあった。



「やぁ、随分とまぁ、変わった格好のお客人だねぇ。異国の人よ、貴方は一体どれ程に遠くから、この国に来なさった?」

 すっかり行きつけとなった食堂で、漬物の塩気をあてに酒杯を重ねていた僕に、たまたま相席となった行商人らしき男が問う。

 扶桑の国、この海陽の港にやって来てから一週間程で、僕は幾度となく同じ質問を受けていたから、

「ずぅっと西からだよ。黄古帝国の向こうの大草原の、そのまた向こうから」

 思わず苦笑いを浮かべてそう答える。


 少し意外だったのは、この国で僕が目立つ理由は、エルフだからではないらしい。

 扶桑の国にやって来てからも、常に好奇の視線は感じたけれど、それは種族ではなく僕の服装が、彼らにとって見慣れない物だからだという。

 どうやらこの扶桑の国の人にとって、国外、大陸と言えば黄古帝国を指す言葉のようで、それとも全く異なる格好の僕は、とても奇異に見えるそうだ。

 そして種族に関しては、尖った耳は確かに珍しいけれど、人魚や翼人を見慣れてる扶桑の国の人間にとっては、異国人である事に比べれば、特に気にもならないんだとか。


 それはとても面白い話だった。

 もちろん種族の違う者が同じ町に住むなんて、この世界ではよく見かける光景だろう。

 ルードリア王国にだってドワーフが町に住んで鍛冶師をしてたし、森から出て来た物好きなエルフが冒険者をしてる。

 黄古帝国の白河州にも、ジゾウのように地人が働いていた。

 でも彼らは少数で、良き隣人や友人であっても、同胞であったかと問われれば、恐らくは違う筈なのだ。


 隣人や友人と、同胞の違いは些細な事かもしれない。

 個人ではその壁を乗り越え、付き合えると僕は知ってる。 

 例えばそう、カエハが僕を愛してくれたように。


 ただ社会として、全体が当たり前のように異種族を同胞として扱う例は、……あぁ、僕が知るのは他に一つだけ。

 大陸中央部のドワーフ達が、僕とウィンを完全に自らの同胞として認めてくれた、あの一つのみ。

 それは非常に稀で、特別な事だっただろう。


 だけどこの国では、当たり前のように人魚や翼人を、自らの同胞として認識してる。

 故に種族よりも、僕が異国からやって来た事に興味を抱き、また同時に壁をつくるのだ。

 海陽の港で、扶桑の国の人間と話せば話す程、僕はそれを強く感じた。


 一体どんな理由があって、そんな風になったのだろう。

 別に壁がある事は、構わない。

 さっきも述べたが、個人でその壁を乗り越える事は、可能だから。

 だけどそんな風に社会が形成された理由には、強く興味が湧く。


 僕がこの国で知りたい事が、また一つ増えた気がする。

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