第147話
「ようこそ、真なる人。名前は、確かエイサー君だったね。私は竜翠帝君。君の来訪を歓迎するよ」
黄古州の中央部にある城で、僕を出迎えたのは、一人の平凡な顔立ちの、人間の青年だった。
その顔に才気の光なく、覇気もなく、動きは隙だらけで、漂わせる気配も常人の物。
黒雪州で出会った仙人、王亀玄女とは真逆の印象を受ける人物だ。
しかしそれだけに、どこまでも胡散臭くて掴みどころがない。
……偽物である可能性は、ないだろう。
何故ならこの城には、とても強い力が渦巻いている。
森の中では木々がそれらを吸っていてくれたから、然程には感じなかったが、この城にはその力を遮る物が何もない。
抵抗する実力のない者がこの力を浴び続ければ、心や身体を壊してしまう。
案内役のエルフ達も城の中までは付いて来なかったし、サイアーを預かってもくれた。
彼らもこの城に満ちた力が危険であると、ハッキリと認識している。
故にどんなに凡人にしか見えずとも、目の前の青年は竜翠帝君で間違いがない。
この満ちる力の中で、揺らぎもせずに過ごす事が、どれ程に難しいかなんて、考えるまでもなく分かる話だ。
恐らく彼は、真なる竜が発しているのだろうこの力を身の内に取り込み、昇華して仙人として生きている。
真なる竜ともなれば、あぁ、そりゃあ大自然と何ら変わりはない、強大な存在だろう。
確かに彼は、正しく仙人だった。
「その顔を見る限り、もう色々と察してるんだね。残念だなぁ。驚く顔が見たくて、色々と伏せて貰ってたのに」
竜翠帝君は笑みを浮かべながら、そんな事を言う。
少し殴りたい。
王亀玄女が、僕が怒るかもしれないと匂わせる訳だ。
わざとそうしてるとは分かっていても、隙だらけに見えるし、殴れそうな気はする。
つまり殴っても良いんじゃないだろうか。
よし、殴ろう。
けれども僕がそう決意して拳を握った瞬間、
「だけどお陰で話が早い」
まるでその意を挫くかのように、彼は半歩下がって言葉を続ける。
実に甘い。
普通の相手なら、それで意を挫かれて諦めるか、警戒に努めるのだろう。
そもそもハイエルフなら、相手の態度なんて気にも留めないのかもしれない。
でも僕はこんな場所まで旅をして来る物好きな、割とクソエルフの類なので、一度殴ると決めたなら、出鼻をくじかれた程度で止まりはしないのだ。
だから僕は半歩どころか大きく全力で飛び込んで、顎先を狙って拳を振るう。
拳は狙い違わず竜翠帝君の顎先を捉え、彼の身体は宙を舞った。
しかし僕の拳には、重さ、手応えが一切伝わってこない。
宙に浮いた紙を殴った時でさえ、もう少しばかり感触はあるだろうに。
要するに竜翠帝君は、僕が殴ると同時に全く同じ方向へ、完全に力を逃がして飛んだのだ。
中空でくるりと身を捻り、足から地に降り立つ彼。
やはり見た目とは裏腹に、途轍もない実力の持ち主だった。
「僕は、我が身の置き場を他人の意思で左右される事が、嫌いだ。それを知った上でまだ勿体ぶる心算なら、弄ぶ心算なら、貴方がどれ程に強くても全力で受けて立つ用意はあるよ」
頼みがあるなら頭を下げて頼め。
強要したいなら力づくで来い。
信頼を得たいなら誠意を以て接しろ。
僕の要求はこれだけである。
その言葉に、竜翠帝君は一瞬呆気に取られた顔をした。
だがその表情は先程とは違った、分かり易く嬉しそうな笑みに取って代わられ、
「……ふふ、挑発した心算はなかったんだけど、玄女が気に入る訳だね。私が思ってた真なる人とは随分とイメージが違うけれど、分かり易くて結構だ」
身に纏う雰囲気も全く別物へと変化する。
大きく、鋭く、されど柔軟で老獪な、仙人と呼ばれるに相応しい物へと。
先程までは完全に隠されていたから、彼の底が知れなかった。
だけど今は、その力が大き過ぎて、やっぱり底は知れない。
「ならば単刀直入に要請しよう。君が、古の存在が黄古帝国に足を踏み入れた事で、その存在を感じたこの地に眠る真なる竜の眠りが浅くなっている。故に君には真なる竜に会い、再び安らかに眠るようにと諭してやって欲しい」
もし仮に真なる竜が完全に目覚めれば、何が起こるかしれた物じゃないから。
真なる竜は世界の終わりの時まで眠るとも言われる。
つまり逆に言えば、真なる竜が完全に目覚める時、世界が終わる可能性すら、皆無じゃない。
まぁそこまでの惨事にならずとも、黄古帝国くらいは吹っ飛びそうだ。
あれ、それってもしかして、僕が来たせいで黄古帝国が拙いって事?
だとしたら、これまでの竜翠帝君の胡散臭い態度は、直接的に僕を責めないように、はぐらかしながら話を進めようとしていたって、そんな感じなのだろうか。
そんな相手を僕は受け流されたとはいえ、思い切りぶん殴った訳で……。
僕って割と最悪じゃないかな?
「もちろん、別に君が黄古帝国に来たのは単なる偶然で、旅の途中である事は分かってる。また真なる竜の眠りが浅くなった原因も、別に君だけじゃないだろう。だが私達には古の存在である君に頼るしか、真なる竜を宥めて安らげる手段がない」
竜翠帝君の言葉が、妙に僕に対して気を遣った物に聞こえる。
う、うん。
なんか、ごめん。
取り敢えず、話し合おう。
殴った事は謝って、腹を割って話し合おう。
僕には情報が全く足りてないし、状況的に彼に対する不信感があった。
竜翠帝君には古の種族に対する妙な遠慮があって、お互いにすれ違いが発生してる。
そこを正さなければ、是非の判断は難しい。
その上で、真なる竜に関しては、僕も協力は惜しまない心算だ。
だってそんなの、意図した事じゃなくても、申し訳なさ過ぎて仕方ないから。
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