第133話
大草原と黄古帝国の境界には、略奪を目的とした部族の侵入を防ぐ為、堅牢な砦が幾つも並ぶ。
それは防衛施設であり、見張り台でもあるらしい。
騎兵が中心というよりも、ほぼ騎兵しかいない草原の民の進軍速度は異常に早いから、いち早く見つけなければ領土内への侵入を許してしまう。
故に黄古帝国の草原の民に対する対処は、兎にも角にも早期の発見、しかる後に複数の砦で連携して挟撃となるそうだ。
しかし全ての草原の民が略奪を目的とする訳ではなく、真っ当な交易を行う部族も存在してる。
そうした部族は敢えて砦を避けずに近付き、入国料を支払う事で通行許可を得ると聞いた。
故に僕もそれに倣い、堂々と砦に近付き、入国料に合わせて幾許かの袖の下も包み、無事に黄古帝国の、白河州に辿り着く。
正直、露骨に袖の下を要求する仕草を取られた時は、少しばかり呆れたけれど、ここまで乗せてくれた馬、サイアーに目を付けられるよりはマシである。
だがそんな事はさておいて、足を踏み入れた白河州は、これまでに訪れたどことも違う、独特の雰囲気を持つ場所だった。
村の民家一つとっても、建築様式が僕の知る物とは全く違う。
あぁ、いや、……カエハの家や道場は、この国の建物に少しばかり似ているけれども。
また道沿いに生える植物も、中央部とも大草原とも大きく違って、見てるだけでも少し楽しい。
サイアーは、草ばかりの道から土ばかりの道に変わった事で少し戸惑ってる様子だったが、背を叩いて宥めてやればすぐに機嫌は良くなって、道端の草をムシャムシャと食べ出す。
この穏やかな気性の旅の道連れは、多分しっかりと僕を信頼してくれてるのだろう。
馬にも食べる草には好みがあって、彼の食事、オヤツを眺めてるだけでも、色々な気付きがあった。
そうして村の人に道を尋ねながらのんびりと三日程進めば、僕らの前に白河州の五大都市の一つ、白尾の町が見えてくる。
何でも白尾、白爪、白牙、白眼の四つの町と、州都である白心を合わせて五大都市と呼ぶそうだ。
どうにも獣の部位に見立てたような名前だけれども、何らかの謂れがあるのだろうか。
白尾の町は、尾川と呼ばれる太い川が、一尾川、二尾川の二つに分かれるその分岐点に、川を挟むようにして造られていた。
尾川の左右と、川が割れる事で生まれる中洲を繋ぐ大きな橋が掛けられ、両岸を繋いでる。
大きな中州の存在が、交通の要所として機能する事で、川の左右の距離が近付き、一つの町として発展してるのだろう。
中々に壮観で、面白い光景だ。
町に入るには、国境の砦で貰った通行許可書を見せて、幾許かの金銭を入場料として支払わなきゃならない。
身分の証明と、入場料。
その仕組みは中央部の国と、大差はなかった。
けれども僕は、この黄古帝国で流通する貨幣を持っておらず、入場料の支払いは中央部の国々で使われてるお金になる。
多分その事で大いに足元を見られたのだろう。
銅貨での支払いは受け付けられず、銀貨を数枚要求された。
他の旅人が支払ってるのは、明らかに銅の貨幣であるにも拘らずだ。
……うん、まぁ、少しばかり腹は立つが、これも仕方ないといえば、仕方ない。
取り敢えずこの白尾で、持ってる宝石をこの国の金に換えよう。
この黄古帝国で流通する貨幣は、金錠、銀錠、それから大小の銅銭と呼ばれる物。
金錠や銀錠はずっしりとした金銀の塊で、貨幣と呼ぶには大き過ぎる代物だ。
当然ながら一つ一つの価値も金貨や銀貨よりも随分と高く、基本的には大きな商取引等で用いられるらしい。
故に一般庶民が買い物に用いるのは専ら銅銭で、大小の二種類がある。
大きい方は大銭、小さい方は小銭と呼ばれ、真ん中に穴の開いた貨幣だった。
何でもこの穴に紐を通し、束ねて持ち歩く物なんだとか。
さて、大都市へと辿り着き、黄古帝国の貨幣を手に入れて、……ついでに宿を取って、サイアーを預けて荷を下ろし、僕は大きな大きな息を吐く。
旅の疲れは、間違いなく溜まってる。
何せ大草原を西から東まで横断したのだ。
途中で寄り道をしたにしても、疲れが残らぬ筈がない。
三日、……いや、一週間はこの町で、ゆっくり過ごすとしよう。
そしてその間に考えるのだ。
そう、この先、僕は一体どうするべきかを。
いやもちろん、するべき事は決まってる。
東の地に旅をすると決めた時から、目的はずっと変わってない。
だけどその過程を、少しでも楽しく、実りある物にする為にも、僕はこの東の地の事を、もっと沢山知る必要があった。
ヨソギ流がやって来たとされる東の国、源流の地は、この黄古帝国よりも更に東、つまりは海を挟んだ島国だ。
そこに辿り着く手段、その地に何が待つのか、事前知識は必要である。
でもそれを調べるのは、別に白河州である必要はなかった。
他の州に興味を惹かれる物があったなら、まずはそちらを目指してもいいだろう。
その判断の為にも、僕はこの町で過ごす時間で、黄古帝国に関して知らねばならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます