第123話
翌日、僕が犠牲者を出す心算がないという方針を告げれば、当たり前ではあったがバルム族の老人衆には物凄く嫌われた。
所詮は余所者で、紛い物の風の使いなんて好き勝手に言われたけれど、まぁだったらその紛い物の力を借りずに何とかして見せればいいと返せば、彼らは黙る。
第一、風の使いを自分から名乗った覚えもないし。
結局のところ、自分達に先がないのは、頭の固い老人衆にだって理解はできているのだろう。
単にそれと感情は全く別物だってだけで。
何というか僕は、長老衆と呼ばれるような、年を取ってるから権威があって自分が偉いと思ってる類の人とは、基本的に相性が悪い。
だって長く生きれば何かを積み重ねてるのなんて当たり前の話で、偉ぶるような事じゃないと思ってるから。
もちろん積み重ねてきた何かというのは有用な物で、それを積極的に活用して役立ててる人は、敬意に値する。
老いて身体の動きは衰えても、経験を活かして周囲の相談役である老人は、頭を下げるべき存在だ。
元々長老衆というのは、その為にある存在だと思う。
でも役割を権威として捉える老人を、僕は敬わない。
積み重ねた物を仕舞い込むだけで偉ぶるのは、無意味だとまではいわないが、敬意を払うには値しない。
そもそも長く生きるだけで偉いなら、僕はどんな人間よりも無条件に偉い事になってしまう。
僕は人間が好きだから、彼らとは対等でいたいのだ。
今の僕には、バルム族の老人衆はツェレンを縛る鎖にしか見えず、その敬意のなさが彼らにも伝わるのだろう。
僕とバルム族の老人衆は、非常に相性が悪かった。
だけど予想外だったのは、ツェレンは僕の考えに暫く考え込んだ後、周囲の老人の言葉を無視して、全てを受け入れると宣言した事。
まだ十歳程の少女が、父の仇を憎む気持ちを飲み込んで、自分の決定が老人衆の反発を買うのも承知の上で、強い意志でそれを選択したのである。
……全く以て、子供らしくないにも程があるだろうに。
しかし僕はその時に初めて、ツェレンという子供ではなく、ツェレンという人間に興味を抱く。
彼女が何を見て、何を背負って、何を考えて、そう在るのか、それを知りたいと思った。
話し合いの結果、次にダーリア族の襲撃があったなら、僕が一人で戦う事に決まる。
バルム族としては相手を殺さぬ心算の戦い、加減して自らの危険をより増すような戦いに貴重な戦士は出せないのは当然だ。
また僕にしても、バルム族の戦士が戦いに加わった場合、憎しみを抑え切れずに相手を殺そうとするのを止める手間が増える。
ならばお互いにとって、僕が一人で戦うというのは、少なくとも今の段階ではベターな選択だった。
ツェレンは一人で戦うという僕を心配したけれど、それは些か僕を、というよりも精霊の力を甘く見過ぎだ。
彼女はもう少し、自らが友とする精霊の力を知った方が良いだろう。
何故ならツェレンは、一種の精霊としか波長が合わない分、風の精霊との結びつきは並のエルフよりも強いのだから。
もちろんそれはハイエルフ程ではないけれど、人間としては破格の力を、彼女は持ちうる素質がある。
あまり数値化するのは好きではないが、並のエルフの平均を1、エルフとしては飛び抜けたアイレナを3とするならば、ツェレンは僕が教えれば、数年でアイレナに近い実力になるだろう。
僕の養子であるウィンも多くの精霊達から愛された子ではあったけれど、攻撃に力を借りるのが苦手だから、総合的には2くらいの実力だった。
アイレナならば風の精霊の力だけに限定して助力を乞うても、先日の襲撃の規模、騎兵の二十や三十くらいなら簡単に制圧できるだろうから、ツェレンにだって同じ事は可能になる筈。
正直にいって風の子は、炎の子よりも余程に強力な存在だった。
因みに僕は、さっきの基準で言えば8か9くらいだと思う。
ちょっと言い方を変えるなら、並のエルフは精霊の力を大体一割くらい引き出せて、アイレナが三割、僕が八割から九割くらい引き出せるって言えば、少しはイメージがし易いだろうか。
条件が整えばそれ以上の力を引き出せる事もあるし、状況によってはそもそもハイエルフの言葉くらいしか届かない精霊もいるから、一概には言えないけれども。
冒険者をしてるエルフと、森で暮らしてるエルフも少し違うし。
まぁいずれにしても、ツェレンの心配は杞憂である。
「あの、風の使い様」
話し合いを終えて居住地を見回る僕を見付け、駆け寄って来たのはツェレンの、二つ年下の弟のシュロ。
彼は真っ直ぐな目で僕を見上げて、
「お願いします。姉様を、守って下さい。本当は、父様の代わりに俺が姉様を守らなきゃいけないのに、俺はまだ戦士にもなれないから……、どうか、お願いします!」
僅かに声を震わせながら、そう言った。
あぁ、うん、こっちは、……まだ子供らしいかな。
それでも自分の年齢や力不足を理解して弁えてる辺り、充分以上に大人びているけれど、ツェレンに比べればまだまだ子供だ。
実に可愛らしい。
僕は思わず手を伸ばして、シュロが下げた頭をなでる。
それは男のプライドを傷つける行為かもしれないけれど、彼は子供で、少しでも安心させてやりたかったから。
「いいよ。任せて。僕は君のお父さんの代わりはできないけれどね。君のお姉さんと、君と、君のお母さんは、君の代わりに守ってあげる」
バルム族にどう接するかはまだ決めてないから、族長であったシュロの父の代わりはできないが、家族を守りたいという少年の代わりは、僕にも可能だ。
……ちょっとウィンを、思い出す。
風の精霊の頼み以外に、僕が戦う理由が、一つ増えた。
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