第122話


 何となくだが、状況は掴めた。

 争い合う一方の、それも一人の人間からの話だけじゃ、全てが正しい情報じゃないだろう。

 バルム族に主張があったように、ダーリア族にはまた違った言い分は必ずある。


 ……が、まぁ正直あまり興味はない。

 正しさは比べ合う物じゃないし、競い合う物でもないのだ。

 勝てば正しい訳じゃないし、正しければ勝つ訳でもなかった。

 なのでダーリア族にどんな言い分があったとしても、僕があちらに肩入れする事はないのだから、知る意味もないだろう。


 尤もその炎の子とやらが火の精霊に愛された人間で、精霊から手出しをしないで欲しいと言われればその限りではないのだが、……まぁほぼ間違いなく違うだろうし。

 僕の予想では、炎の子というのは神術の使い手だ。

 それも能力開発を行わずとも、自力で資質に目覚めた強力な天然物の。

 もう少し具体的に言うならば、発火能力者、パイロキネシスの類である。


 そうなると差し当たって、僕が風の精霊からの頼みを達成する為に必要な事は二つだ。

 一つ目は、恐らく次のダーリア族の襲撃には自ら出張って来るだろう炎の子とやらを叩く。

 別に殺してしまう必要はないし、僕もその心算は全くないが、その力が神聖視されなくなる程度には徹底的に潰しておく必要があるだろう。


 次に二つ目は、炎の子の存在がなくなったとしても、族長や精鋭の戦士を失って弱体化したバルム族が元通りになる訳じゃないから、新たにある程度は自衛が可能な力を身に付けさせなきゃならない。

 手っ取り早い方法としては、風の精霊と相性の良いツェレンに、その力を借りた攻撃手段を教える事だった。

 今のツェレンは先の天気や、遠くで起きた出来事を知るくらいにしか風の精霊の力を借りれないらしいが、それは彼女が風は親しむ物であり、攻撃に使う物って発想とイメージが存在しないからだ。

 だから僕が攻撃の方法やイメージを教えれば、ツェレンはある程度の力を身に付けられるし、多分だけれど風の精霊もそれを望んでる。


 でも力を身に付ける事が、ツェレンの望みであるのか、またバルム族にとって良い結果となるのかが、……僕には少しばかり不安だった。

 攻撃手段を得た彼女を、バルム族が力の象徴として、或いは兵器として扱うようなら、待ち受けるのはきっと楽しい結末じゃない。

 しかしツェレンに攻撃手段を持たせないなら、或いは持たせたとしても、バルム族の立て直しは、未熟な戦士達が精鋭になるまで、子供達が成長して戦士になるまで、僕がこの地に留まって守る必要がある。

 それには十年とは言わずとも、五年くらいは掛かるだろう。


 ……いや、逆に考えたら、たった五年で良いのか。

 五年は僕にとって、大して長い時間じゃない。

 また五年間をここで過ごすと決めるなら、ダーリア族の略奪で悪化した南の国との関係だって、炎の子を叩いて大人しくさせた後なら改善を図る事もできる。


 途中で鍛冶がしたくなったら、南の国で鍛冶場を借りるか、いっそ自分で造ってみるのも手だった。

 僕もいい加減数多くの鍛冶場を見て来たから、地の精霊の力を借りれば、時間は掛かれど鍛冶場の一つくらいは造れる筈だ。

 鉄や燃料の確保は問題だが、それこそ南の国から買い付ければ良いだろう。

 もちろん実際に僕がどこまで関わるかは、ツェレンや他のバルム族の人々次第だけれども。


 あぁ、いや、実は一番簡単で手っ取り早い方法は、ダーリア族を一人残らず根絶やしにする事である。

 だけど僕は、その方法は取りたくない。

 むしろこれ以上の犠牲者は、バルム族にもダーリア族にも、一人だって出したくはないのだ。

 バルム族がどんなにダーリア族を恨んでいたとしても、その恨みは僕が共感、共有すべき物ではなかった。


 風の精霊の頼みであるなら、バルム族への肩入れは仕方ない。

 だがその方法は、内容は、僕の流儀に従って貰う。

 バルム族がダーリア族への恨みを飲み込む事が、僕が彼らに力を貸す対価だ。

 文句があるなら、僕の存在なしでもバルム族はダーリア族には負けないと、その力を示せばいい。

 それが可能であるならば、わざわざ僕がこの争いに関わる理由もなくなる。


 当然、反発は大きいだろう。

 どうやら僕を完全には信じられないでいる老人衆はもちろん、戦いで父を失っているツェレンだって、復讐を考えずにはいられない筈。

 けれども僕には、無条件でバルム族を助ける義理は、実はないのだ。

 だって風の精霊が僕に頼んだのは、本当の所はツェレンを助ける事のみなのだから。


 彼女を攫い、この地を離れ、もっと精霊の扱い方を教えてから別れれば、それでも一応は風の精霊からの頼み事は達成できる。

 物凄く後味が悪いし、ツェレンからも大いに恨まれるだろうから、できればやりたくはないが。


 ただ老人衆に挟まれて窮屈そうに座るツェレンを見た時、そうすべきじゃないかと感じた事も、事実だった。

 彼女が風の精霊に愛される性質の持ち主なら、……そうでなくともまだ子供なのだから、もっと広く外を駆け回り、見たい物を見るべきじゃないかと。

 そんな風にも思うのだ。

 尤もツェレンを攫う時は、彼女の母と弟も、一緒に連れて行かなきゃならないだろうし、それがこの家族にとっての幸せとなるかどうかは、実に難しい所だけれども。


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