十二章 されど僕は立ち止まらない
第111話
青々とした大空。
広く、深く、どこまでも広がり、続く。
しかし今はそんな空が、ガラガラと音を立てて揺れていた。
やっぱり僕は、あんまり馬車と相性が良くないらしい。
屋根付きの大型馬車の、その屋根の上に寝そべっているのだけれど、不規則な細かい振動がやはりちょっと気持ち悪い。
あぁ、でも馬車の中に籠った場合に比べれば、万倍ましだけれども。
やはり外の空気が吸えるのはありがたいし、何よりも風を肌に感じられる。
「エイサー様、気分はどうですかね?」
そんな僕に、少しだけ心配そうで、だけど残りは面白がってそうな調子で声を掛けて来たのは、エルフの吟遊詩人であるヒューレシオ。
彼は今、御者台に座って馬を操っており、……多分退屈してるのだろう。
「今は一応大丈夫。……だけど、やっぱり馬車は苦手かなぁ」
僕は空を見上げたまま、そう答える。
こうして屋根の上で過ごせる晴れの日ばかりでもないだろうし。
ずっと乗ってたら慣れるのかもしれないけれど、それまでは気持ち悪さに耐えなきゃならないというのも、あまり気が進まない。
馬の背や船は大丈夫だったのに、なんで馬車だけ駄目なんだろうか。
首を捻るが答えは出ない。
「そうですか。あっ、じゃあ歌うのはどうですか。歌えば気分も変わろうってもんですよ」
良い事を思い付いたと言わんばかりのヒューレシオだが、本職の前で歌うとか凄く嫌だ。
それくらいなら暖かい日差しを浴びながら昼寝をするか、いっそ気合を入れて馬車に並走した方がまだマシだった。
「駄目よ、ヒュー。そんな強引に勧めたら嫌がられるわ。それに歌よりも、きっと絵を描く方が楽しいもの。ね、エイサー様。屋根の上からの景色、スケッチします?」
馬車の幌を捲って顔を出し、会話に割り込んで来たのは画家のレビース。
いやいや、景色を見てる分には良いけれど、揺れの中で手元に集中したら、恐らく余計に酔う。
それに本職のレビースなら兎も角、素人の僕が揺れる馬車の上でスケッチなんて、ぐしゃぐしゃになるのがオチである。
まぁこうしてエルフ達が何かと話し掛けてくれるのは、僕に気を遣ってるからでもあるのだろうけれど。
カエハが逝き、ヨソギ流の道場を後にした僕は、まずはエルフ達のキャラバンに合流した。
そう、以前にドワーフの国で、レビースが夢として語ったキャラバンだ。
乗員は全員がエルフで、町から町へ交易品を運んだり、ヒューレシオが歌い、レビースが絵を描いてと、色々やってるらしい。
またこのキャラバンは、エルフを代表する窓口としての役割を引き継いでおり、ルードリア王国やその周辺諸国では、公的な存在として認知されてる。
加えて好奇心から森を出て来たエルフ達の寄り合い所、或いは相談所でもあり、彼らへの支援も行ってるそうだ。
キャラバンの立ち上げはアイレナ、レビース、ヒューレシオの三人が中心になって行い、他にも何名かのエルフの冒険者が協力していた。
「こら、ヒューレシオもレビースも、エイサー様で遊ばないの」
馬車の中から聞こえてくる、二人を嗜めるアイレナの声。
するとレビースは笑って、ヒューレシオは惚けたフリで誤魔化す。
僕で遊ぶって、実に酷い表現だけれど、まぁいいや。
キャラバンは今、僕を東に運んでる。
小国家群に入ったら船を使うから降りるけれども、そこまではこのキャラバンに運んで貰う心算だ。
あまり馬車を得意としない僕が、それでもエルフのキャラバンに合流した理由は二つ。
一つは遠く西への旅に出たウィンからの手紙を、彼らに代わりに受け取って貰う為。
ウィンも僕も、バラバラに旅をしていたら、この広い世界で互いの居場所は分からなくなってしまうから。
でもウィンからの手紙を共通の知人であるアイレナに受け取って貰って、僕もこのキャラバンに手紙を出してやり取りすれば、互いの繋がりはどうにか保てるだろう。
またそれは、残念ながらヨソギ流の道場には、頼めない事だった。
何故ならヨソギ流の道場に居る人間達は、何時までも僕とウィンの共通の知人ではいてくれないからだ。
人間の老いは早く、彼らとウィン、彼らと僕の間に流れる時間は、同じじゃない。
それはとても残念な事だけれど、どうしようもないのだと、僕はもう充分に分かってる。
だけどエルフは、少なくともウィンよりは長生きをする生き物だ。
変わらず在り続けて信頼できる存在といえば、僕にとってはやはりアイレナだろう。
だからこそ僕は、ウィンとの繋がりの紐を、彼女に預けたい。
そしてもう一つの理由は、今は一人旅が些か寂しいから。
尤も、嘆いて慰めて貰いたい訳じゃない。
あの結末に、不満はなかった。
大切な思い出は、胸に全部仕舞ってある。
まだ整理ができてないだけ。
故に誰かに僕の話を聞いて貰いたいとは思わない。
ただ誰かの声が聞こえれば、それで十分だ。
町から町へと楽しそうに旅するエルフ達、明るい彼らのキャラバンは、今の僕にとって丁度良い場所だった。
ほんの一時の同行ではあるけれど。
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