第106話


 墓参りの後、カエハの娘であるミズハにも会ったが、彼女も二人の子供を産んでいた。

 ……ヨソギ流の当主の家系は、子供が二人って決まりでもあるのだろうか?

 いやでも、その割にはカエハは一人っ子だったし。

 母であるクロハの身体が弱かった為かもしれない。


 ミズハは出産を機に冒険者は引退しており、今は子を育てながらも冒険者組合で剣の教官をしているそうだ。

 なんとも不思議な縁を感じる。


 そういえばクレイアスとマルテナの子は、隣国のザイールで騎士になったと聞いた覚えがあった。

 僕は結局、その子とは一度も会った事がない。

 今回も会えなかったし、多分縁がないのだろう。


 今回はもう出迎えてくれなかったロドナーの墓にも参ってから、僕はカエハと共に王都へ戻る。

 ヴィストコートにはやはり懐かしさを感じたけれど、既に家も譲った僕に、あの町での居場所は存在しない。

 どうしてもしんみりとはしてしまうけれども、僕はそれを受け入れる事ができた。

 知人も、居場所も、やがては失われて記憶の中に残るのみ。

 これもまた、避けられない時間の流れなのだと。



 さて徒歩の旅でゆっくりと王都に戻った僕らを待っていたのは、ヨソギ流と四大流派の一つ、ロードラン大剣術との関係が悪化しつつあるとの報告だった。

 より正確に言えば、ルードリア王国式剣術と関係を深めて大きくなりつつあるヨソギ流に対抗するように、ロードラン大剣術とグレンド流剣術が協力関係を結んだのだとか。


 今も昔も、この国で最大規模の流派は、国の名も冠するルードリア王国式剣術だ。

 ロードラン大剣術とグレンド流剣術が手を結んでも、ルードリア王国式剣術と真っ向から事を構えるとは考え難い。

 すると当然ながら、狙いはヨソギ流となる。

 何せヨソギ流とロードラン大剣術は、もう随分と過去の話にはなるが、因縁があった。


 ……以前はヨソギ流とロードラン大剣術の対立を、クレイアスが防いでくれていたけれど、彼はもうこの世に居ない。

 剣聖と呼ばれたクレイアスの名はロードラン大剣術にとって非常に大きく、老いた後も敬意を払って不戦を継続していたが、その必要はもうなくなったと考えたのだろう。


 何ともまぁ、実に僕の神経を逆撫でしてくれる話だ。

 僕にだって虫の居所が悪い時もある。

 せめてクレイアスの死から一年、二年と時間が経っていたなら、こうも気に障る事はなかったのに。

 あまりに動きが早いと、まるで待ち構えていたようじゃないか。


 まるでロードラン大剣術は、僕がヴィストコートで抱えた胸のやるせなさを、ぶつけて欲しいとでも言うかのような行動に出た。

 だったら僕にだって、遠慮する必要は何もない。

 死者を出す心算はないけれど、嘗てクレイアスが危惧した通りに、ロードラン大剣術の道場は吹き飛ばそう。

 グレンド流剣術の道場も、ついでに。


 でも、そう考えた時だ。

 僕の背を、カエハの手が掴む。

「これはヨソギ流の当主が解決すべき問題です。あの子はまだ、私にも貴方にも、助けを求めていません。……見守りましょう」

 彼女の手は、声は、震えていない。


 本当ならそれは、カエハにとっては非常に選び難い選択の筈。

 だって彼女は、子供の頃に何もできずに、父を失い、高弟達が返り討ちとなり、道場を破壊されるという経験をしているのだから。

 ……にも拘わらず、カエハは何もせず、見守るというのだ。


 ならば僕が、勝手に動ける筈がない。

 僕もヨソギ流に属する者ではあるけれど、認知される立ち位置はカエハの直弟子である。

 少なくともシズキがカエハを頼るまでは、黙って状況を見守ろう。

 動いてしまった方が楽に思えても、飲み込み、我慢し、ジッと待つ。

 シズキは決して一人ではなく、傍にはウィンや他の弟子達だっているのだから。



 しかし幾ら関係が悪化しつつあるとはいっても、すぐさま相手の道場に武器を持って襲撃を仕掛ける、なんて展開にはならなかった。

 当たり前の話だが、そんな事をすれば普通に犯罪で、ルードリア王国の法で裁かれてしまう。

 以前のヨソギ流がそれを、カチコミなんて方法を選んだのは、当主の死という決定的な出来事が起こり、跡目を狙う高弟達が後先を考えずに暴走したが為だ。

 そんな特殊な状況でもなければ、いきなり相手を叩き潰そうなんて物騒な事は、普通は考えないらしい。


 ……僕はほら、証拠とかあんまり残さずにできるから、苛立ちもあって、ちょっと思っただけである。

 故に今の所は、ヨソギ流はルードリア王国式剣術と、ロードラン大剣術はグレンド流剣術と近づいて、互いに孤立せずに有利な状況を作り出そうとしてる段階だ。

 僕は状況を詳しく把握してる訳じゃないし、そもそもこの手の話は理解し難いが、政治力の争いという奴だろうか。

 だが流派の緊張状態は弟子達にも伝わる物で、ヨソギ流とロードラン大剣術の弟子が町で出会えば、互いに威嚇する程度の事は度々起きていた。


 残念ながらというべきか、当然ながらというべきか、剣の道場に集まってる人間は、一般人よりも確実に血の気が多い。

 そりゃあ武力を、人を打ち倒したり殺したりする手段を求める時点で、決して穏やかな人種ではなかった。

 また修練を積んで力を持てば、それを試したいと思い、敵が現れれば進んで戦おうとするのは、何も特別な話じゃない筈だ。


 もちろん、別に道場の弟子の全てが粗暴だったり野蛮という訳ではないだろう。

 特にヨソギ流の道場では、先代当主だったカエハの方針で、行儀良く振る舞う事を求められるし、できなければ厳しく躾けられる。

 それすら受け入れられなければ、道場には残れない。

 だから僕から見て、ヨソギ流の弟子は誰もが気の良い者達だった。


 でもその行儀の良さをロードラン大剣術側には期待できないし、面子を傷付けられればヨソギ流の弟子達だって激発する。

 そうならぬように当主が弟子達を抑えてはいるけれど……。

 一触即発にはまだ遥かに遠いが、確かな緊張感を孕んで、時は過ぎ行く。

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