第104話


「ぐぉー、たーべーちゃーうーぞー!」

 手をワキワキと閉じ開き、ついでに耳もピコピコ動かして、そんな風に言いながら僕はのしのしと歩く。

 すると子供達、四歳の女児であるソウハと、二歳の男児であるトウキはきゃあきゃあと叫びながら僕から逃げ回る。

 尤も幾ら逃げた所で、四歳児や二歳児が、僕から逃げられる筈もない。

 大仰な動作で捕え損ねるフリをするが、逃げ回って足元が疎かになったトウキが転びそうになると、サッとその前に捕まえて小脇に抱えた。


 抱えられて目線が高くなったトウキがはしゃいでるのを見て、ソウハも羨ましくなったのだろう。

 自分からわざと捕まりに来たので、逆の手で同じように捕まえて抱える。


「すいません、エイサーさん、二人と遊んで貰ってしまって」

 子供達と遊ぶ僕にそう言って頭を下げたのは、……シズキの妻、クローネという名の女性。

 そう、ソウハとトウキは、シズキと彼女の子供だった。

 僕は首を横に振り、暫く二人の子供を振り回してから、抱えた彼らを地に下ろす。


 子供は好きだし、子供と遊ぶのも好きだから、何の問題もありはしない。

 それに僕は、相手が当主の子供であっても、接する際に遠慮はしないし。


 しかし地に下ろした二人の子供は、てっきり逃げ出すかと思ったのに、まだ抱えられ足りないとばかりに僕の足を掴んで揺する。

 成る程。

 シズキの子、カエハの孫だけあって、この二人は活きが良い。

 僕は改めて二人をしっかり抱え上げると、足をトントンと踏み鳴らして地の精霊に呼び掛けて、大地を盛り上げ、滑り台を作って貰う。


 突然の事にソウハとトウキは、……のみならず母親であるクローネもが、ぽかんと口を開いて呆けてる。

 そして僕は子供達を抱えたままに滑り台に上がり、サッと滑って下に降りた。

 あぁ、降りた先は柔らかい砂の、砂場にした方が安全か。


 一度僕が滑って見せた事で、それがどんな物かを理解したのだろう。

 ソウハとトウキを解放すれば、二人は一緒に滑り台へと上がり、歓声を上げて滑り降りる。

 姉のソウハが、弟のトウキに手を貸して滑り台に上がる姿が微笑ましい。

 そんな子供達を、改めて用意した砂場の柔らかい砂が受け止めて、二人はその遊びに夢中になった。



「あの、主人から聞いてはいたんですが、凄い方なんですね」

 二人の子供が滑り台で遊びだした為、手の空いた僕に、漸く衝撃から立ち直ったクローネが、おずおずと話しかけてくる。

 うぅん、まぁそんな風に見えるのだろう。

 でも凄いのは精霊であって、僕じゃない。

 僕は、立場は多少特殊だけれど、それでもこの道場では弟子の一人だ。


「別に大した事じゃないよ。それよりも何十人にも一度に剣を教えてる、シズキの方がずっと凄いね」

 滑り台で遊ぶ子供達がうっかり怪我をしないように見守りながら、僕は言う。

 確かクローネは、……嫁いで来る前の姓がエアスペラーだったらしい。

 それは今はどうなのかは知らないけれど、僕の剣を購入した騎士長と同じ姓だった。

 確認した訳ではないけれど、恐らくはあの騎士長の孫にあたる女性だろう。


 つまりはルードリア王国式剣術の、重鎮の孫である。

 僕はシズキとクローネが恋愛の上で結婚したのか、それとも政略的に結婚したのかは、知らない。

 無粋過ぎて聞く気もしないし。

 けれども今、ヨソギ流とルードリア王国式剣術が、近い関係にあるのは紛れもない事実だった。

 ヨソギ流の拡大に、それが大きな影響を及ぼしている事も。


 とはいえ、まぁ僕にとってはその辺りは別にどうでもよくて、シズキのクローネに対する接し方には愛情があって、その逆も然りだ。

 また子供達もたっぷりと愛情を注がれているとわかるので、全てはオッケーである。

 シズキの子、カエハの孫とくれば、僕にとっても、子や孫とは言わないまでも、家族みたいなものだった。


 今はヴィストコートの町に住んでるミズハも、結婚して子が居るらしいし、一度様子を見に行きたい。

 幸せに、暮らしてるんだろうか。

 ミズハは強い子だったから大丈夫だとは思うけれども、だからこそ無理、無茶をしてないかと、気にもなる。


 まぁ、ヴィストコートなら同じ国の中だ。

 行き来は然程に難しくもない。

 そのうち一度、見に行くとしよう。



 今、シズキはウィンに剣の指導をしてる。

 カエハが僕に指導するのと同じように。

 だけど実際の所、シズキとカエハでは自由になる時間が違う。

 当主であるシズキは、ウィンだけじゃなくて道場全体を、全ての弟子を見なけりゃならない。

 ウィンだけを個別にみる時間は、どうしたって限られる。

 もちろんその分、ウィンへの訓練を他の弟子達も手伝うだろう。


 三年後の試合は、僕とウィンの競い合いであると同時に、カエハとヨソギ流の道場全体との勝負でもあった。

 実に楽しい状況だ。

 ウィンには皆から期待が集まる。

 今は然程に感じずとも、時が近付くにつれてその期待は少しずつ大きくなっていく。

 そしてそれは、同時に大きなプレッシャーにもなり得る筈。


 期待やプレッシャーを飲み込んで、三年後のウィンは、一体どれ程に成長してるだろうか。

 剣だけでなく、心も、きっと大きく育ってる。

 そんな成長したウィンとぶつかるその時が、今から楽しみでならない。

 保護者としても、剣士としても。


 多分これも、闘争心を持つって事なんだと、そう思う。

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