第53話



 アイレナとの話し合いを終えた僕は、ハーフエルフの幼子の目覚めを待ってから、その子が待つ部屋へと向かった。

 残念ながらアイレナとは、話し合いの後も微妙な空気が残ったままになってしまったが、……多分そのうち、時間が解決してくれるだろう。

 実に勝手な話ではあるけれど、彼女は僕がどんな風に思い、行動していたとしても、それを理解して受け入れようとしてくれると思ってるから。

 あまり心配はしていない。


 ギィと宿の部屋の扉を開けると、ベッドの上で人間ならば三歳位の幼子が一人、ぼんやりと寝ぼけ眼でこちらを見ている。

 恐らくその瞬間の僕は、随分と不審者だっただろう。

 でもしょうがないじゃないか。

 あんなふわっふわの可愛らしい幼児に、ぽやぽやとした視線を向けられたら、そりゃあ僕の胸も何かに突き刺された様な衝撃を受けるって物だ。


 あまりの攻撃力にクッ、と呻いて胸を押さえ、しかし気合と共に蹲りそうになる足を動かして、僕はベッドに近付く。

 ハーフエルフの幼子のプロフィールは、既にアイレナから聞いていた。

 彼、……そう、この幼児はこんなに綺麗で可愛らしいけれど、男の子らしい。

 幼児って凄いなって、そう思う。


 あぁ、えっと、そうではなく、そして彼にはまだ名前がなかった。

 元々エルフもハイエルフを見習ってあまり名前には頓着しないが、それでも普通はこの位の頃にもなれば、集落での呼び名は決定している。

 だけどそれがないと言う事は、彼は集落の一員としては認められて居なかったのだ。

 それは生まれが故か、それとも僕がいずれ引き取るだなんて言ってたからか。


 ……僕は色々と旅をしてた身だから、移動に耐えられなそうな本当に幼い間位は、集落で過ごした方が良いかと考えていたのだけれど、どうやらそれは間違いだったのかも知れない。

 いっそ僕がその集落に赴き、そこで数年間を過ごして、この子を見てるべきだった。

 けれども、そう、僕が今すべき事は、後悔でも反省でもない。

 いやまあ、反省は後でするけれど、少なくとも幼子の前ですべきじゃない。


 ベッドの横に屈みこみ、僕は幼子と視線の高さを合わせる。

 しっかしそれにしても本当に、綺麗で可愛らしい子だった。

 あぁ、もう、大丈夫かな。

 僕は絶対に、心配症で過保護になりそうだ。


 顔を近づけると、彼もまた僕の顔をマジマジと見て、

「わぁ、ひかってる……。きれぇー」

 そんな言葉を口にした。


 光ってないよ。普通だよ!

 思わずそんな突っ込みが出そうになるけれど、僕は彼を驚かせない為に、その言葉をゴクリと飲み込む。

 でもどうやら、この子は随分と良い目を持って生まれたらしい。

 彼が光ってると称したのは、ハイエルフの魂が持つ不滅性を目にしたからだ。

 多くのエルフ達が僕の顔を見るだけでハイエルフだと見抜き、一々跪く理由である。


 つまりこの子は、普通の人間だったら見られない物を見る目を、要するに精霊の存在を感じる事の出来る目を、持っていた。

 これはまぁ、とても幸いな事だろう。

 別に精霊を感じられなかったとしても、僕がこの子に注ぐ愛情の量は一切変わらないと断言するが、……だって既にメロメロだからね。

 それはそれとして、精霊の力を借りられる事は、人の世界に混じって生きて行く上で、この子の大きな力になる。

 後はこれが一番大きいけれども、精霊と言う、ずっと傍に居てくれる友が増えると言うのは、結構幸せな話だと僕は思う。


 おずおずと伸びる彼の手が僕の顔を好きにするから、僕も指で幼子の顔を弄繰り回す。

 傍から見れば何をしてるんだこいつ等って光景だろうけれど、僕は楽しかったし、彼もなんだか楽しそうだ。

 これぞWin-Winの関係と言う奴である。

 ……あ、そうだ。


「君、確か冬生まれだったね?」

 僕の突然の言葉に彼は驚き、手の動きが止まる。

 あぁ、うん。

 そりゃあそんな事を聞かれても、わからないよね。

 だけど確か聞いたプロフィールでは、冬の季節に彼は生まれた。


「だったら、君の名前は、今日からウィンだ。僕はエイサー。楓の子とも呼ばれたよ。僕は今日から、君の保護者で友達だ。良いかな?」

 僕はドキドキしながら、彼に名付け、名乗り、問い掛ける。

 尤もその返答がどうあれ、僕が彼を引き取る事は決定済みだが、ほら、やっぱり受け入れて欲しいって欲求は僕にだってあるから。


 きっと彼には、その言葉の意味はわからなかっただろうけれど、でも僕が何を欲しているのかは察したのだろう。

 彼は小さく頷いて、僕の頬をやっぱり小さな手が撫でた。


 あぁっ、もう、嬉しいなぁ。

 会いに来て良かった。

 引き取ると決めて良かった。

 何よりも、生まれて来てくれて良かった。


 誰がそう言わずとも、僕がそう断言しよう。

 少し開いてた窓から、風が吹き込んで来て部屋の中を舞う。

 祝う様に、祝福する様にと言うよりは、風の精霊が僕の心を察して、一緒になってはしゃいでる。


 彼、ウィンは目を大きく開いて、その光景にポカンと口を開いてた。

 どうやらまだ見る力の弱いウィンの為に、或いは単に我慢が出来なくなって、風の精霊は自分から姿を見せに来たらしい。

 優しく穏やかに、そんな幸せな時間が過ぎていく。


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