第46話


 僕がカウシュマンに鍛冶を教え、彼が僕に魔術を教え、そんな生活が始まってから暫く経った頃、僕に一通の手紙と、届け物が一つ届く。

 旅の冒険者が届けてくれたその手紙の差出人は、知人のエルフであるアイレナ。

 彼女からの現状報告だった。


 まずルードリア王国の状況だが、王家は騒動の原因はエルフを奴隷にしていた貴族にあるとして彼等を全て処刑したそうだ。

 そうせねば地揺れに怯えた民の批判を、鎮められないと考えたのだろう。

 但し今回の件は貴族達が勝手に動いた事であり、国とは無関係として、エルフへの謝罪は行われなかった。

 まぁルードリア王国にも面子があるから、そこで頭を下げられないのは想定通りである。


 王家も国内からエルフが消えた事は察してるだろうが、その結果がどうなるかは、多分想像も付いてない。

 変化が起きるのは、……多分三年から五年後辺りか。

 その頃には移住したエルフも、移住先での暮らしにも慣れてしまっているだろうから、変わってしまった元の森へ戻りたがる者は、移住した者の全てではないだろう。

 つまりルードリア王国の森が魔物の巣となるのは、もう避けられぬ未来であった。


 それはとても残念な話だけれども、王家からの正式な謝罪がなければ、エルフが動かない事は決定済みだ。

 ルードリア王国の歴史に王家が謝罪するまでの大事になったとハッキリ残さなければ、また似たような事件が起きかねない。

 だから僕が剣の師、カエハのもとに顔を見せられるのは、まだ十年近く、或いはそれ以上に先だろう。


 しかしどうしようもない大きな話はさて置いて、僕にとって重要なのはその続きである。

 救い出された奴隷となっていたエルフの中に、たった一人だけだが、子を宿してしまった者がいた。

 いや、この言い方が果たして正しいのかどうかは、わからないけれども。

 ……子を授かりものとして考えるか、事の経緯からそれを不幸と捉えるかは、僕に口出しできる話じゃない。


 人間とエルフの間に子供が出来る可能性はかなり低いらしいから、……僕は可能ならば、授かり物だと考えて欲しいのだけれど、それが現実に則さない生ぬるい物である事は、知っていた。

 エルフもまたハイエルフと同じ様に、子は集落の子であるとして育てられる。

 故にどうしても、親と子の間にある愛情は、人間に比べて薄い。

 そして集落の子として育てられるハーフエルフは、どうしても周囲から浮くだろう。

 何故ならハーフエルフはその寿命だけでなく、成長度合いも普通のエルフとは異なるからだ。


 僕、ハイエルフが千年以上生きる事は、以前にも述べたと思うが、普通のエルフは五百年から七百年ほど生きるとされる。

 しかしハーフエルフは二百年から三百年と、寿命の長さはドワーフと殆ど変わらない。


 ハイエルフの成長速度は人間の十倍以上に遅くて、僕も物心つくまでに三十年もかかった。

 普通のエルフはそこまでのんびりしてる訳ではないけれど、やはり物心がつくまでに二十年近くは要する。

 なのにハーフエルフは、……実は殆どが赤子の間に地に還されてしまうからあまり知られていないけれど、六、七年程で物心がつくらしい。

 集落の中で異様な速度で成長する子供を、果たしてエルフ達が同胞として受け入れられるかと言えば、答えはやっぱり否だろう。


 たとえ僕が、ハーフエルフを忌み子とする風習は間違ってると言ったからって、そんなに簡単に偏見の目は消えやしないのだ。

 更にもしもハーフエルフに人間の血が強く表れ、精霊を見て友とする事が出来なければ、もう集落に居場所なんてありはしない。

 ならば乳飲み子の時期が終わって物心が付く頃になったら、その子が将来的に精霊を友と出来るかどうかはさて置いて、早めに僕に引き取って育てて欲しいと、腹に子を宿したエルフと集落の長は望んでる。

 情が湧き、愛憎が入り混じり、厄介な事になる前にと。



 もし僕がこの話を断れば、アイレナが引き取る事になるのだろうか。

 いや、勿論僕は、断らない。

 生まれて来るハーフエルフを地に還すなと言ったのは僕だ。

 その発言の責は、僕が取るべき物である。


 ただ、そう、僕が今、その子に抱く感情は哀れみ。

 未だ生まれてもおらず、なのにその処遇に悩まれるその子に、僕は哀れみ以外の感情を、今は抱けない。

 でも哀れみの感情を向けられる事こそが、その子にとっては可哀想なのだ。

 僕はちゃんと、その子に愛情を抱けるだろうか?

 手紙を畳み、目を閉じて、深く、深く、思い悩む。


 そうして十分位考えただろうか。

 ふと、思った。

 …………あ、うん、全然いけるなと。


 寧ろこう、その子には申し訳ないのかな?

 わからないけれど、何だか楽しみになって来た。

 子供が男の子だったら、一緒に虫取りをしよう。

 いや僕、ハイエルフなのに虫はそんなに好きじゃないけれど、あぁ、魚釣りでも良い。


 女の子だったら溺愛するのだ。

 嫁に行く時は泣き喚く。


 別に彼が、彼女が、精霊を友と出来なくても良い。

 僕は精霊と友達だが、養い親の友達が子の友達でない事なんて、当たり前の話だった。

 生きる道は、鍛冶師や剣士か……、多分もう少ししたら魔術師にも、なりたかったら色々と教えよう。

 それ以外の道を選びたいなら、僕も一緒にそれをやる。


 皮なめしでも染織でも刺繍でも、詩人でも農夫でも商人でも、一緒にやれば楽しい筈だ。

 僕の方が長生きで、彼か彼女が先に死ぬとしても、それでもきっと愛そう。

 未だ会った事もないけれど、僕はそう確信した。


 多分きっと、僕は親になれる様な立派な人格をしてないし、その資格もない自由気儘、と言うよりもいっそ我儘なクソエルフだろう。

 だけどきっと、保護者兼、一番近くに居る友達になら、なれると思うのだ。


 だから僕は、返事の手紙にこう書く。

 その子が生まれて来る日を、迎えに行ける日を、楽しみにしてると。


 まぁそれも大分と先の話だけれども。


 あぁ、届け物の方は、パルノールの村から冒険者が運んで来てくれた、鞣されたグリードボアの革だった。

 こちらに関しては特に述べる事もない。

 出来に文句はないし嬉しいけれども、ほら、やはりまだ見ぬ小さな友に比べると、インパクトは薄いから。

 これで一体何を作るかは、のんびりゆっくり考えよう。

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