第45話


 夕暮れ前、宿を引き払った僕が連れて来られたのは、カウシュマンのアトリエ。

 彼のアトリエは師であるドワーフ、ラジュードルから引き継いだ物であり、鍛冶場が備え付けられていた。

 その鍛冶場に僕は、どこか不思議と懐かしさを感じる。

 多分、そう、ルードリア王国のヴィストコートで過ごした、あの鍛冶場と同じ雰囲気を、僕はこの場所に感じているのだ。


 炉はずっと火が落ちたままになっていたのだろうけれども、鍛冶場は綺麗に掃除されていて、この場所がとても大事にされている事を僕に教えてくれる。

 だから僕は一つ、カウシュマンの事を好きになれた。

 たとえ鍛冶が出来なくとも鍛冶場を大事にする彼は、……否、鍛冶が出来ないのに鍛冶場を大事に出来る彼は、間違いなく良い鍛冶師になれるだろう。


「僕は君に鍛冶を教える。君は僕に魔術を教える。同時にそれぞれの得意分野を活かして、魔剣の作成は協力し合う。喧嘩する時はドワーフ流に拳と拳で。……この条件で間違いないね」

 僕の確認にカウシュマンは頷き、改めて右手を差し出す。

 そして僕も、その手を強く握り返した。


 さてこれで、僕と彼は運命共同体とまでは言わないが、大切な仲間同士だ。

 オディーヌに来て以降は全く感じなかった運命の風が、今は凄い勢いで吹いている。

 僕は胸の高鳴りを抑え切れずに、鍛冶場の炉に火を入れた。

 だって何よりもまず、この懐かしさすら感じる鍛冶場で仕事を出来ると言うのが、あまりに嬉しい。


「じゃあさっそく、何かを打ってみようと思うけれど、何が良い? カウシュマン、君はどこまで習ってる? 何から学びたい?」

 鍛冶師組合で買って来た木炭を炉にくべて、火の精霊の機嫌を窺う。

 ずっと、ずっと、宿る火がなく寝てた火の精霊が、大きな大きなあくびをした。

 辺りの空気が炉に吸い込まれて、ボッと火勢が強くなる。


 炉に火が入った事で、鍛冶場の空気は一変した。

 そう、火の精霊が目覚めた様に、鍛冶場もまた目覚めたのだ。

 ゆっくりと熱が発され満ちて行く。


 そんな鍛冶場の姿にカウシュマンは目を細めて、

「あぁ、いや、……何でも、何でも良いよ。今は、鉄を打ってる音が聞きたい」

 なんて素敵な答えを聞かせてくれる。

 彼はきっと、魔術の師であるドワーフが大好きだったのだろう。

 まぁ僕の方が、もっとクソドワーフ師匠の事を好きなのだけれど。


 いや、うん、そんな事よりも、何を打とうか。

「そうだね。……じゃあ先ずは、うん、いずれは魔剣を打つんだし、最初は剣から行こうかな」

 僕の言葉にカウシュマンは目を輝かせた。

 まるで少年の様に。

 彼の言いたい事が、まるで手に取る様に分かるのだ。

 またその感覚が、決して不快な物じゃない。


 僕は鍛冶、カウシュマンは魔術と、僕等は片翼ずつしか持たない鳥だ。

 魔剣の作成と言う目標の前には、互いに協力し合って飛ぶしかなかった。

 そう、少なくとも、相手の技術を手に入れて、両翼となって己の力で目標を目指し、互いが不要になるまでは。

 そしてきっとその時には、互いに友となれるだろう。



 次の日から、僕は午前中はカウシュマンから魔術を学ぶ。

 先ずは己の体内の魔力に干渉する方法から。

 これが出来なければ魔術を幾ら学んでも無駄だし、魔道具すら扱えない。

 けれどもその感覚は、既に一度、適性検査の時に経験してる。

 それを思い出しながら再現を試みれば、体内の魔力への干渉は、然程に難しい事じゃなかった。


 しかし適性検査で合格しても、ここで躓いて時間を掛ける見習いは多いらしく、カウシュマンも昔はその口だった様で、何ら引っ掛からずにそれをクリアした僕を見る彼の目はちょっぴり複雑だ。

 まぁ、仕方ない。

 多分僕がどうとか言う以前に、ハイエルフはそんな感じの理不尽な生き物だ。

 種族の違いに関しては、それこそ神の様な存在でもなければどうにもならない事だろう。


 さて置き、魔力への干渉、体外へ押し出して流す感覚を掴んでしまえば、後は術式を学ぶのみ。

 では術式とは何かと言えば、魔力に影響を及ぼす全ての要素を示す。

 発する言葉、意志、模様等によって、魔力は影響を受けて変質したり、属性が添加されたりする。

 これら全てが術式だ。


 えっと例えば、怒りの感情と共に魔力を発すれば、それを受けた人は圧力の様な物を感じるそうだ。

 本来の魔力は魔術師や、或いは生まれ付きに敏感な者でなければ、それを浴びた所で気付かない。

 だがそこに怒りの感情という術式が乗る事で、僅かに物理的な圧力を帯びると言う訳だった。


 勿論、感情以外にも発する言葉、物に刻まれた文様等、術式足りえる物は数多い。

 魔術師達はこれ等の術式が魔力に及ぼす影響を調べ、法則を解析し、記録して蓄積して、それを組み合わせて魔術を作る。

 つまり魔術とは、先人である魔術師達の、積み重ねた努力の結晶の様な技術だった。

 成る程、そりゃあ生まれ付き精霊と語り合えると言うだけで、魔術以上の効果を発揮する精霊術を、魔術師達が嫌う訳だ。

 彼等からすれば精霊の力を借りられるエルフ達は、ズルをしてるようにしか見えないだろう。


「でもそんなの、鳥が飛べるのが羨ましい。竜が火を噴くのが羨ましいって言ってるようなもんだぜ。下らない嫉妬をアンタが気にする事はないよ。アンタが魔術を学びたくて、その適性があるのなら、アンタは魔術を学んで良いんだ」

 魔力に熱を帯びさせる術式を、言葉と文様の両方で教えながら、カウシュマンは僕にそう言った。

 彼は知識の開示を、僕に対して惜しまない。


 そう、結局はそれも、種族の違いに過ぎないのだ。

 誰にもどうする事も出来ない物。

 だったらもう、気にする必要は全くない。

 僕はまた一つ、カウシュマンの事が好きになれた。



 鍛冶と魔術を、僕等は交互に教え合いながら、同時にどんな魔剣が理想なのかを語り合う。

 剣の本分を追求し、切れ味を高めた魔剣を理想とするのか。

 それとも頑丈で壊れ難く、劣化せずに持ち主に付き従う魔剣に健気さを感じるのか。

 炎を発する魔剣の派手さに心惹かれるのか。

 そんな子供みたいな夢想を、僕等は飽きもせずに、無邪気に語り合った。


 だって、そう、男の子だからね。

 そう言うロマン溢れる武器が、好きで好きで仕方ないのだ。

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