五章 鍛冶師と魔術師、比翼の鳥

第42話


 魔術の国であるオディーヌ、まぁ都市の名前もオディーヌだが、ここは小国家群の国々によって作られた、魔術の為の都市である。

 少し昔話になるのだけれど、この地の都市が独立して都市国家群を形成するより以前、この地にはアズェッダ帝国と言う名の大国が存在した。

 すると大国の多くがそうである様に、アズェッダ帝国にもまた、魔術を学ぶ為の専門機関、要するに魔術学院の様な物が幾つかあったらしい。

 しかしアズェッダ帝国の崩壊前、それ等魔術学院では権威主義が横行し、学び舎、研究所としての機能に不全が生じてしまっていたそうだ。


 何せアズェッダ帝国そのものが傾く寸前だったのだから、そんな中で権威主義の横行する魔術学院が健全であろう筈もない。

 故に次々と各都市が独立を果たしてアズェッダ帝国が崩壊し、小国家群が成立した後、既存の魔術学院は解体される。

 そして新たに魔術の為の都市であるオディーヌが建設された際、過去の魔術学院の失敗を顧みて、オディーヌは魔術の為の都市として、広く開かれた場所にするべきだと定められたと言う。


 なのでオディーヌは小国家群の国々が資金を出して建設され、維持されている都市、国でありながら、その他の地域から来た人間に対しても比較的寛容で開かれていた。

 他の地域だと市民権が必要だったり、その上で高額の納税が必要だったり、貴族かそれに類する身分がないと通えない魔術学院も多いんだとか。


 けれども開かれた魔術都市とされるオディーヌでも、誰もが魔術を学べる訳では決してない。

 そもそも魔術の行使には、使用条件を満たせるだけの魔力と、体内の魔力に干渉する才能が必要だとされているから。

 検査によって魔力と才が足りないと判断されれば、たとえオディーヌであっても魔術を学ぶ事は出来ないのである。


 と言う訳でオディーヌに辿り着き、宿でゆっくりと一泊した翌日、僕は魔術の適性検査を受ける為に、町役場へと足を運んだ。

 魔術の適性検査を受けるとか、実にファンタジーって感じで胸が高鳴る。

 でもこれで貴方に適性はありませんって言われたら、その時はどうしようか?

 これまで全くそんな事は想定してなかったから、今になって不安になって来た。


 実の所、僕はこの世界の魔術に関しては、然程の知識を持ってない。

 魔術を学びたいとわざわざこんな遠くの地まで来ておいて、今更何を言ってるんだって思われる話なのだけれども、僕がここに来た理由の九割は単なる憧れである。

 一応は聞きかじった話によると、魔術とは人が体内に保有する魔力というエネルギーに、術式と呼ばれる技術を使って指向性を持たせ、望む現象を生じさせる物なんだとか。

 いまいち分かり難い説明ではあるが、多分その話を教えてくれた人も、誰かから聞きかじった話をそのまま教えてくれたのだろう。


 因みにこの手の超常的な力を発揮する術、前世の知識的に言えば魔法の類は、僕の知る限りでは四つある。

 一つ目は精霊の力を借りる技、精霊術。

 二つ目は厳しい修行によって鍛えた精神力や強く信じる心が引き起こす奇跡、神術や法術と呼ばれる物。

 三つ目は己の体内の魔力を術式と言う技術で云々する魔術。

 四つ目は体内ではなく体外、自然の魔力に干渉して現象を引き起こす仙術だ。


 まぁ一つ一つの術の説明は、今は面倒臭いから避けるけれども、この四つの中で明確に技術と呼べる物は、多分魔術だけだろう。

 だって精霊術は、結局のところ精霊に何かを頼んでるだけだし、神術や法術は僕が知人の女司祭であるマルテナに見せて貰った限り、多分超能力的な代物だった。

 最後の仙術に関しては東の最果てに、物凄く少数の使い手が居るという事の他には、名前しか知らないので何とも言えない所である。



 町役場で来訪目的を告げれば、ベテラン職員だろう中年男性に酷く驚かれてしまった。

 何でも彼が町役場に勤めて以降、……それどころか恐らくオディーヌという都市が建設されてから、魔術の適性検査をエルフが受けに来たのは初めてだったらしい。

 そもそもエルフがこのオディーヌを訪れる事自体、滅多にないのだろうけれども。


 ちょっと興味が湧いたので詳しく話を聞いてみると、ドワーフは男性職員が勤めてから三回、記録上ではオディーヌ建設からは十回以上、魔術の適性検査を受けに来たそうだ。

 と言うのも魔術に関しては道具に術式を刻み、魔力を流して現象を引き起こす魔道具と呼ばれる物が存在している。

 その技術を武器や防具にも適応させる為、ドワーフ達は魔術を学ぼうとしたと言う。


 但し残念な事にこれまでに魔術の適性があったドワーフは二人しかおらず、一人は数十年前に、もう一人も数年前にこの町を去り、オディーヌには居ない。

 また魔道具自体が、魔術師の間ではあまり重要視されない技術なんだとか。

 何故なら魔道具を使用する為には、術式を刻んだ道具に魔力を流さねばならず、つまりは魔術の発動に必要な魔力とそれに干渉する才能、要するに魔術の適性が必要とされる。

 故に魔道具は一般人には扱えず、よって流通もしない。

 だったらチマチマと道具に術式を刻むより、自ら魔術を行使した方が手っ取り早いと、多くの魔術師は考えるそうだ。


 ……実に、本当に心底残念な話であった。

 今の話を聞くだけで、僕はもう魔剣とか作ってみたくて堪らないのに。


 そんな話をしながら、男性職員の指示に従って、左右の手に僕が知らない金属の、そう、鍛冶師の僕が知らない金属! ……の小さな棒を握らされて、その二つの先端を近付ける。

 するとバチッと、棒の先端に火花が散った。

 そしてそれを見た男性職員は、満足気に頷く。

 どうやら今ので、僕の魔術の適性が分かったらしい。


 何でもこの金属棒は所有者の魔力を引っ張り出す物で、今の火花は僕の魔力が起こしたそうだ。

 体内の魔力に干渉する才能がない人は、体内の魔力が固い人であり、この金属の棒では魔力を引っ張り出せない。

 またたとえ魔力を引っ張り出せても、その量が少なければ、今の様に火花は散らない。

 更に火花の大きさや、それが散った時の棒の距離で、その人の魔力の動き易さや量が判別出来ると言う。

 つまりは、そう、僕には魔術の適性が、文句なしに備わっているとの事だった。


 いぇーい。

 超アガル。

 正直ホント、滅茶苦茶嬉しい。

 思わず男性職員の手を握って握手してしまう位に嬉しい。

 後この金属棒が、後学の為にとても欲しい。


 買い取れないかと交渉してみたが、男性職員にはとても困った顔をされた為、五分くらい粘って諦めた。

 いや本当に凄く気になるのだけれど、まぁこのオディーヌで魔術を学ぶならば、どこかでまたこの金属棒を見る事もあるだろう。



 最後に、男性職員はこうも言う。

「今の魔術の力は、精霊が発揮する力には到底及びません。ですから、精霊の力を借りられる貴方が魔術を学ぶ事には、……嫉妬や反発も付き纏うかと思います。ですがオディーヌは、魔術を学ぶ徒の為の都市です。何かお困りの事があれば、是非相談にいらしてください。私はエイサーさん、貴方を歓迎しますよ」

 ……と。

 そうして僕の、魔術の国であるオディーヌでの、魔術師を目指す生活が始まった。


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