第31話


 人間の世界で、エルフはとても目立つ存在だ。

 大勢の人間が出歩く中に紛れれば、意外と埋もれたりもするけれど、僕を間近で見た人間は大抵がまず最初に驚いたり、珍しいなって目をする。

 尤も、僕は別にそれが嫌って訳じゃない。

 目立つ事が悪い風に働く場合も少なくはないが、良い風に働く時もあった。


 例えばすぐに噂になったりしてしまう点は秘かに動くには不向きだが、逆に目立つからこそ僕が積極的に動かなくても、事態の方から勝手に動く。

 目立つ見知らぬ他人を厭うて避ける人も居るけれど、珍しい存在だからと殊更に親切にしてくれる人も居る。

 そう、全てはその時の転がり方次第だ。

 では今回のこの件は、果たしてどちらの目が出るのであろうか。


 その手紙が届いたのは、僕がサウロテの町に来てから四日目の事だった。

 手紙の内容は行き違いによる諍いの詫びと、誘い。

 差出人は例の、トリトリーネ家の傘下であるラーレット商会。

 要するに船乗り達ともめた件に関して、謝罪をしたいから商会に訪ねて来てくれとの手紙だ。


 トリトリーネ家の傘下にある商会の中でも、ラーレット商会は利益の為なら手段を択ばぬ強硬派。

 海に出れば海賊紛いの行為にも手を出すと言う噂のある商会である。


 十中八九、今の段階では僕を懐柔する為の呼び出しだろうが、話の転がり方によっては罠と化す。

 そんなラーレット商会からの呼び出しを、僕は当然ながら無視した。

 だって向こうは僕に用事があっても、僕にはラーレット商会に用事なんてないし。

 どこかの商人の形だけの謝罪を受けるよりも、今の僕にとってはドリーゼが獲ってグランドが調理した魚介類を腹につめこむ事の方が重要だ。


 でもそんな風にあちらからの誘いを無視したからだろうか。

 五日目の夜、グランドの店からの帰り道、腹ごなしに散歩して、砂浜から暗い海を眺めに来た僕は複数の武装した男達に囲まれた。



 僕を囲んだ男達は、問答無用で剣を抜く。

 どうやら脅す心算はサラサラなくて、夜の砂浜なんて場所に来た愚かな余所者を、さっくりと魚の餌にする心算なのだろう。

 仮にこれが町中だったら、脅しで済ませたのかも知れないが、あまりの好機に素早い排除を選んだって所だ。

 一斉に掛かれば水塊をぶつけられる前に、誰かの刃が届くとでも考えたのだろう。


 だけど勿論、これは僕の誘いである。

 港で船乗り達とのいざこざがあった日から、ずっと僕を監視してる目はあった。

 監視者は結構な手練れで、人に紛れて上手く気配を隠していたけれど、風の精霊がその存在を教えてくれたから。

 故に先日の手紙の件もあって、今日は酒を飲まずに、わざと迂闊な行動を取って見せたのだ。

 流石にこんなに綺麗に引っ掛かって、強硬手段に出て来るとは思わなかったけれども。

 あまりに短絡的と言うべきか、それともそんなに僕が脅威に見えたか、或いは侮られたのか。


 唯、そう、肝心要の監視者は、僕を取り囲む男達の中に混じっていない。

 その視線は今も途絶えずに僕をジッと監視していて、ラーレット商会は兎も角としても、監視者個人に対しては、僕は油断できない物を感じてる。


 周囲の男達は声も発さず、僕に向かって一斉に切り掛かって来た。

 月光を弾いて光る刃物は、湾曲した刃を持つ舶刀、カットラス。

 船乗りが愛用する武器で、刀身が短く、船上等の狭い場所で扱い易い剣である。

 つまり簡単に言うと、広い砂浜での戦いでは最適の武器と言う訳じゃない。


 大きく後ろに飛んで斬撃を避ければ、そこは水の押し寄せる波打ち際。

 もはや背後に逃げ場はない。

 けれども、僕に逃げる心算は最初から毛頭なかった。


「地の精霊よ」

 僕はそう呟いて足元の精霊に語り掛け、剣を抜いて踏み出し、振るう。

 波打ち際の砂浜は、慣れぬ身には最悪の足場だ。

 しかし慣れた者は、最初から砂に足を取られる事を想定して動く。


 だからこそ唐突に、足場がまるで石畳の様に固くなれば、彼等の動きは崩れて乱れる。

 そしてそこに僕の剣が、切れ味においては他の追随を許さぬであろうカエハの、ヨソギ流の剣技が彼等を襲う。

 周囲を取り囲んだ男は五人で、僕が剣を振った回数は三回。

 だけどその三回で、男達が手にしていたカットラスの全ては、半ばから折れて役立たずの玩具と化す。


 どこの誰が作ったのかは知らないが、随分と質の悪い武器だ。

 しかも碌に手入れもされずに使われていたのだろう。

 まるでカットラスは自ら死を選ぶかの様に、抵抗もなく折れた。


 水塊での攻撃には気を配っていたのかも知れないが、よもや剣で反撃を受けるとは思ってもなかったのだろう。

 カエハ程ではないにしても、僕もそれなりには剣を振れる。

 武器を失った男達は動揺し、攻撃するでも逃走に転じるでもなく、一瞬硬直した。

 まぁどんな行動を取った所で結末は同じなのだけれども、

「地の精霊よ、もう一回お願い」

 僕の声を聴いた地の精霊が男達の足元に一瞬で穴を掘り、彼等を落とす。


 首まで砂に埋まった五人組の男の顔を確認するが、その誰にも見覚えはない。

 また気配を探るが、既に僕を見る監視者の視線も消えていた。

 風の精霊が教えてくれたが、僕が男達と交戦状態に入ってすぐに、町に向かって逃げたと言う。


 僕はふと悪戯を思い付き、地の精霊に三度目のお願いをする。

 埋めた彼等を助けに来る誰かが居たら、同じ様に穴に落として、首から下を砂に埋めて欲しいと。

 さてこれで、追加で何人捕まえられるだろうか。

 別に殺してしまう心算はないので、潮の満ち引きが変わる前にはドリーゼ辺りを呼んで改めて捕縛するけれど、僕に武器を向けた以上は、暫くは怖い思いをして貰おう。


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