第29話


 翌日、ドリーゼに教えられていた港に向かった僕は、昨日の夜に抱いていた疑問の答えを知る。

 僕が港にやって来た時、ドリーゼとその漁師仲間を、大勢の船乗りらしき男達が取り囲んでいたのだ。

 そしてその中には、顔に青あざを拵えた、薄らと見覚えのある様な体格の男も混じってた。

 一触即発と言うよりも、大勢の船乗りが多勢に無勢で漁師達をリンチにかけようとしてる現場に、僕は丁度やって来てしまったらしい。

 あぁ、いや、決して悪い意味じゃなく、寧ろ間に合ったと言うのが正しいか。


「エルフの兄さんっ! 来るなっ、アンタは関係ないから逃げろっ!!!」

 いち早く僕の接近に気付いたドリーゼの声。

 その言葉を聞いて、僕は事情はさっぱり分からないけれど、昨日知り合ったばかりの知人の味方をすると心に決める。


 船乗りも漁師も、その声に注意が僕の方へと一瞬向いた。

「やぁ、ドリーゼ。魚を貰いに来たよ。何だか大変そうだけれど、大丈夫? 僕ね、実は獲って来て欲しい物があるんだけれど」

 多くの視線に晒されつつも、僕は歩みを止めずにドリーゼのもとへと向かう。

 寧ろ事情なんてどうでも良いのだ。

 この町、サウロテに入ってから、暴力事件に遭遇してばかりである。

 だから僕もこの町の流儀に合わせて、多少の暴力は自重をしない。

 素手で殴って手を痛めるのは、昨日反省したからしないけれども。


 ドリーゼは短気で手が早いが、それでも心根の悪い奴ではなさそうだと言う事は既に知っていた。

 そしてそんな彼が僕の為に海産物を取ってくれると言うのであれば、そりゃあ当然助けるだろう。


「おい、待てエルフ。お前には関係、うわぁっ!?」

 僕の前に立ちはだかろうとした船乗りが、前触れもなく海から飛んで来た水塊に吹き飛ばされる。

 尤もぶつかったのはあくまで水だから、衝撃で意識は飛んだとしても、大きな怪我をする事はないだろう。


「え、何? 邪魔だよ。僕は今、ドリーゼに大事な用があるんだから、邪魔すると少し痛い思いをするよ」

 それは一応、親切心からの忠告だった。

 すぐ隣は港の中ではあっても、もう海だ。

 海と言う巨大な水に宿る精霊は、圧倒的に雄々しく力強い。

 その辺りは加味して十分に加減をする心算だけれど、それでも水の威力は普段よりも幾分強くなると思うから。


「さ、先に手を出したのはコイツ等の方だ! こっちは身内がやられた報復に来てるんだ! 関係のない余所者がでしゃばるな!!!」

 なのに船乗り達は僕の忠告を無視して、敵意を剥き出しにしてこちらを取り囲む。

 あぁ、成る程。

 つまり昨日の騒ぎは、報復の口実を作る為、わざとドリーゼに手を出させたのか。

 だったら僕は、決して無関係なんかじゃない。


「あぁ、昨日の。そこの彼は僕が食べる料理をひっくり返してくれたんだよ。無関係? そっちから僕を巻き込んで喧嘩を売ったのに?」

 駄目になった魚を思うと、また腹が立って来た。

 僕の怒りに闘争の気配を察したらしい。

 海の波が高くなり、停泊してる船が大きく揺れる。

 ……まだ何もお願いしてないのに、海に宿る水の精霊は、些か好戦的過ぎないだろうか。


「ふざけんっ、あぶぁっ?!」

 罵声と共に殴り掛かって来た船乗り達が、幾つもの水塊を受けて次々に吹き飛ぶ。

 地に転がった者もいれば、運悪く海に落ちる者もいる。

 勝てないと悟った船乗り達の士気は一瞬で崩壊し、倒れた仲間を助けもせずに、彼等は必死に走って逃げて行く。


 そして後に立っているのは、呆然とするドリーゼと漁師達。

「取り敢えず、警備隊に突き出すにしても、海に落ちた人達は助けてあげた方が良いかな? それとも、……魚の餌にするの?」

 僕が冗談めかしてそう問えば、我に返った彼等は、慌てて海に落ちた船乗り達の救出を始めた。



「え、エルフの兄さん、滅茶苦茶強かったんだな。……でもあんなに強かったなら、何で昨日、俺に殴られたりしたんだ? さっきの力を使えば、俺なんて一発だっただろ」

 何やら事情があるらしく、助けた船乗り達を警備隊に突き出す事もせずに解放したドリーゼは、不思議そうに僕に問う。

 周りの漁師達も、幾人かは昨日、あの時間に酒場に居たらしく、同じ疑問を抱いていたのか頷く。


「……えっ? 酒場での一対一の喧嘩で、しかも武器を抜かれた訳じゃないのに、精霊に手助けはして貰わないよ。酔った喧嘩で、ドリーゼは相手が一人で、素手で向かって来ても、仲間と一緒に叩きのめす? それは少し引くなぁ」

 僕にとっての精霊は、親しき友人で仲間でもある。

 しかしだからって、酔っ払い同士の喧嘩に精霊の力を持ち出すのは、そりゃあどう考えてもなしだろう。

 あれは対等な喧嘩だった。

 まぁ酔って殴り合いの喧嘩をしたのなんて、昨日が生まれて初めてだが。

 仮にあの時、ドリーゼが周囲の漁師に助太刀を求め、複数で取り囲んで来たなら話は全く別で、僕は遠慮なく精霊に力を借りた筈。


 僕の言葉に納得したのか、ドリーゼに明るい笑みが浮かぶ。

 そう、多分彼は、昨日の喧嘩で僕に手を抜かれたかどうかが気になったのだろう。

 ちっとも手抜きじゃないよ。痛かったよ!


「そっか、やっぱりエルフの兄さんは面白いな! あ、また一つ借りが増えちまったな。すぐに漁に出るけれど、何か食いたい魚はあるか? 海の神様の機嫌次第だが、リクエストは受け付けるぜ」

 何かを誤魔化す様なその言葉は、どうやら僕を先程の船乗り達と、漁師の間にあるゴタゴタに巻き込まない為の物らしい。

 だがドリーゼが隠す心算なら、僕から首を突っ込んで根掘り葉掘り聞き出すのも、それも余計なお世話が過ぎる。

 故に僕は素直にその誤魔化しにのって、タコやイカの姿形を説明し、それを食べたい旨を告げた。


「八足と十足じゃねえか。エルフの兄さんそんなの食うのかよ。アイツ等真っ黒な液体を口から吐くんだぞ。あんなの食ったら死ぬんじゃねえのか?」

 案の定、驚きに顔を顰めるドリーゼ。

 予想通りタコやイカは、この世界の人間にとって奇食の部類に入る様子。

 それにしても八足と十足とは、雑な名前にも程がある。


「エルフだからね。人間が食べない海産物の食べ方も、知ってるんだよ。市場には売ってないだろうし、ドリーゼが獲って来てくれなかったら、諦めるしかないんだけれども……」

 少し残念そうにそう言えば、ドリーゼは大慌てで首を横に振り、仲間の漁師と一緒に船に乗り込み、港を出て行く。

 この世界の漁がどんな物かは知らないけれど、断らないって事は獲る自信があるのだろう。

 楽しみだ。


 やっぱりドリーゼは、気の良い奴である。

 だから彼から話されない限りは無理に事情を聞き出しはしないけれども、……それでも船乗りと漁師の間にあるいざこざに関しては、自分でこっそり調べよう。

 それは半ば興味本位ではあったけれども、残る半分はこの町で知り合ったばかりの、新しい知人の身が心配だったから。 


 海から吹く潮風は爽やかだけれども、この港の空気はどうにも不穏な気配を孕んでた。


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