クラウディオ・ケラヴノス 十三
エリィの憔悴した姿を見ていられなくなって、先の執務室を出て朝の支度にとりかかる。軽く運動して汗を拭き、朝食を食べるといつも通りにトリオと散歩した。
「歩くのがすっかり上手になりましたね。さあ、もう少しです」
「でぃ!」
輝くような笑顔で一生懸命よちよちと歩いてくるトリオの姿は本当に可愛くて癒される。まだ言葉を覚え始めたばかりの下っ足らずな声で僕の名を呼んでくれるとどんな疲れも……そして負の感情も、みんなどこかに飛んでいくような気がする。
そんな至福のひと時に冷や水をかけるような、刺々しい声が投げかけられた。
「お前はいつからアナトリオの乳母になったのかしら?乳も出ないくせに」
どうやらパトリツァ夫人に見られていたらしい。
僕がトリオの相手をしているのが気に食わないなら、日がな一日遊び歩いてないで、自分がしっかり我が子に愛情と手間をかければ良いのに。
「おはようございます、パトリツァ夫人。いらっしゃったのに気付かず申し訳ありません。もしお時間があればアナトリオ様のお散歩にご一緒しませんか?」
夫人が遊び歩いている間、エリィは王都に巣くう犯罪者たちの不正を暴いて踏みにじられている人々を救うために寝る間も惜しんで働いているんだけど。その夫の努力を踏みにじるように、あんな卑劣な犯罪の片棒を担いだりして……
苛立ちを無理やり押し殺して何とか笑顔を作って応対すると、何が気に障ったのかますます尖った声でまくしたてる。
「わたくしがお前のような暇人のような言い方はしないでちょうだい。冗談ではないわ。今日も孤児院に行って子供達と遊んでやる予定なのよ!!」
あなたの言う「遊んでやる」は慈善活動としての「慰問」ではなくて、あなたが孤児たちを食い物にしているだけの「性的虐待」だよね。
そうはっきり言ってしまえたらどんなにか楽なのに。
ふつふつと込み上げる怒りを必死で抑え込んで、無理矢理笑顔を作るのはかなりしんどかった。
「孤児院で身寄りのない子供たちと遊んであげるのは素晴らしいことです。しかしながら、その前にご自身のお子様とも向き合ってさしあげてはいかがでしょうか?
この年頃の幼子はたくさんの家族の愛が必要です。どうかアナトリオ様とも過ごすお時間を作ってください」
大人げないとは思うが、彼女が孤児院でしている事を考えるとどうしても嫌味が出てしまう。
「やかましいっ!!お前ごときが口を出すことではありません。身の程を知りなさいっ!!」
案の定、夫人は逆上して悪鬼のように顔を歪めて金切り声で喚きたてた。
それは想定内だったから別に驚きもしないんだけど、トリオが自分が叱られたと思ったのか、怖がって火のついたように泣き出してしまった。
ああ、これはちょっと煽りすぎたかな。少し反省しなきゃ。
「どうしたんだ?ものすごい泣き声が聞こえたが」
泣き声を聞きつけてエリィが飛んできた。
「ごめんね、僕がちょっと出しゃばってしまったみたいで。もう準備できてるならしばらく抱っこしてあやしてあげて?僕も支度してくるから」
自分の苛立ちを抑えきれずに夫人にぶつけてしまって、そのせいでトリオにまで怖い思いをさせてしまった。そんな僕が情けない。
それでも、エリィの努力や誠意を踏み
……何より、僕の大切な人を平気で
そんな自分の醜い感情を知られたくなくて、エリィにトリオを託すと足早にその場を立ち去った。
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