エルネスト・タシトゥルヌ 十九
今日も夜遅くに帰宅したところ、出迎えたパトリツァがディディに嘗め回すようないやらしい視線を送っていた。
彼女はいつもそうだ。
ちょっとしたことで敗北感や屈辱を感じて逆上しては、その対象が同性ならば自分が肉体関係を持ったことがある、すなわち自分の所有物だと思っている男にその女性を嘲らせ、貶めさせる。それで自分が優位に立ったと思い込み、溜飲を下げるのだ。
そして相手が異性だと、その相手と何とかして肉体関係を持ち、自分が相手を所有・支配していると思い込んで自分の優位を得ようとするのだ。
じつに馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、彼女にとってはそれが絶対的な価値で、その人の人格や知識、様々な能力と言ったものには全くと言って良いほど敬意を払わない。
もともと浮世離れして美しいディディは、噂好きの女たちからは「夕陽の君」と呼ばれて人気がある。
少年時代から浮いた話ひとつなく、誰に対しても笑顔で親切丁寧に接する。その一方で簡単には心を許さず礼儀正しく一線を引く清廉さも、何とかして手に入れようと思わせてしまう一因らしい。
人は誰彼構わず媚を売っては自ら股を開く淫売よりも高潔で誰にも靡かない高嶺の花にこそ、強く心惹かれるものである。……ディディ本人にとってはそんな視線は忌まわしく、疎ましいだけなのであるが。
おそらくパトリツァも社交界の人気者である「夕陽の君」を手に入れて自慢し優越感を得たい一方で、自分に常に敗北感と屈辱を味わわせるディディと肉体関係を持つことで屈服させ、支配して自分の方が優れていると思い込みたいのだろう。
……正直に言って、あの女がディディより優れている点があるとすれば、実家の爵位くらいなものなのだが。
今朝はディディがせっかくアナトリオの相手をしてくれているのに難癖をつけたあげく、みっともなく喚いて我が子に大泣きされ、
そもそも自分がトリオの一切かえりみようとしないからこそ、ディディが折にふれて面倒を見てくれているのだ。それが嫌なら自分で上辺だけでも母親らしい振る舞いをするように心がければ良いものを。
恐らく自分でもそれがわかっているだけに、一方的に敗北感と屈辱感を
そう思って今日は夕食も執務室でとって二人で政務にあたっていたのだが……
ディディの顔色が悪すぎる。眼の下にもうっすらと隈が浮かんでいるし、いつもは輝くような白い肌がくすんで見える。このあいだ教会で高度な治癒魔法を行使させられた時のダメージがまだ残っているのだろう。
身体強化、病気や怪我の治癒、そして損傷した肉体の再構築。
これらの身体操作魔法と呼ばれる魔法は、魔力の他に肉体の一部や大量の生命力を代償として捧げなければ術が正確に発動しない。
今回は損傷した腎臓をまるごと二つ再構築したらしい。もちろん長期にわたる腎不全で傷ついた肺や骨もしっかり治したはずだ。
その代償に捧げたディディの生命力は、いったいどれほどだろう。さすがに自分の臓器までは捧げていないだろうが……いかん、ディディならばやりかねない。
それに加えて今手掛けている事件は彼の心の傷をえぐるようなものだ。
プルクラたちが孤児院の子供たちに強制している行為は、彼が幼少時に義母から受けていた性的虐待と全く同じだ。
わけもわからず大人には絶対的な服従を強いられ、性的な奉仕を強要される。かつての自分と同じ苦しみを味わっている子供たちを思えば、心身の疲労は溜まる一方だろう。
「顔色が悪いぞ。またこんな無理をして……少しは心配する俺の身になってくれ」
俺はディディの少しだけかさついた唇を指でなぞりながら嘆息した。
「……心配かけてごめん。まだ大丈夫だからもう少しだけ」
「いいからもう今日はさっさと休め。その分、明日からまたこき使ってやるから覚悟しておけよ」
「ごめん、それじゃ先に休ませてもらうね」
目を伏せて、頑なにまだ働こうとする彼を制し、冗談めかして強引に休むように言うと、さすがに身体が辛かったのか、ようやく自室に戻ってくれた。
しかし、いつまでも隣で人が動く気配があり、なぜか話し声がするようだ。猛烈に嫌な予感がして様子を見に行こうとした時だ。
「いやっ……エリィ!!」
かすかだがディディの悲鳴が聞こえて隣室に飛び込んだ俺の眼に映ったのは、シャツを剥ぎ取られて上半身を露わにされたディディと、彼にのしかかって白く滑らかな肌に支配欲と嗜虐心に満ちたいやらしい顔で舌を這わせているパトリツァだった。
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