クラウディオ・ケラヴノス 七

 神殿に行った日。

 やっぱり寝込みました。ああもう、また皆に心配かけちゃったよ。反省しなきゃ……

 しっかり鍛錬してたし、ご飯も食べて夜も寝て、体力蓄えておいたつもりなんだけどなぁ……ちょっと情けない。


 エリィが迎えに来てくれた時はほぼ意識がなかった。

 そのまま抱っこで馬車まで運んでもらって……気付いたらもう真っ暗で、エリィの屋敷の執務室のソファで寝ていた。身体を起こす事もできなくて、僕の傍らで書類とにらめっこするエリィの横顔を見ていた。


「起き上がれるか?」


 訊かれたけれども声も出なかった。恥ずかしくて目を伏せる。


「いい、無理をするな」


 彼は優しいバリトンで囁くと、水を持ってきてくれた。

 ちょっと自力で飲めそうにないなぁ……と困っていると、口移しで飲ませてくれる。上手く飲み込めなくてむせそうになっていると、軽く舌を絡めて咀嚼そしゃくを促してくれた。

 おかげでこくりと飲み込めて、少しだけ身体が楽になった気がする。

 一口、もう一口と飲ませてくれて、そのたびに接触する粘膜の感触からエリィの温もりと生命の息吹のようなものを感じて、少しずつ重く冷たかった僕の身体が軽く温かくなってくる気がする。

 そのまま僕はそのぬくもりに身を預け、いつの間にかまた眠っていた。


 翌朝になると、昨日の辛さが嘘みたいに起き上がれるようになった。

 重いものは無理だけど、温かなヨーグルト粥も食べられるようになって、かなり元気が出てきたような気がする。


「ぐっすり眠ったらすごく楽になったよ。なんか、ずっとエリィの夢見てたな」


 具体的には覚えていないんだけど、ずっと一緒にいたぬくもりだけは覚えている。

 お互いの生命の息吹が一つになって、ぐるぐるとめぐっているような、とても幸せな感触だった。


 その日は絶対に私室から出ないように厳重に言われて、強制的にお休みを取らされた。

 次の日もだいぶ回復してきたんだけど、朝起きて鍛錬して、ご飯の後にトリオと遊んでいたら「おとなしく寝ていなさい」と大目玉。


 でも、うちでゆっくりしているのもそれが限界。子供のころからいつもずっと一緒だったから、一人だと寂しいし手持無沙汰なんだよね。

 仕方なくてつい身体を動かしたり、本に没頭してしまったりと、かえって休まらない。


 それに、うっかりパトリツァ夫人に出くわしちゃうと、視線が痛くて……悪意とか敵意の籠った視線というのはどうにも心身が摩耗まもうする。

 あの人、僕の事が大嫌いなくせに、何とかして僕と身体の関係を持とうと必死なんだよね。

 一度でも肉体関係を持った男は自分の下僕か所有物だと思ってるタイプ。だから、会うたびに敵意と支配欲と嗜虐心しぎゃくしんの籠った眼で全身を嘗め回すように見られて、本当に気持ち悪い。

 普段ならともかく、こういう弱ってる時はものすごく疲れて、すごく気力を消耗するんだ。


 それで、早めに帰宅してくれたエリィに次の日からは一緒に出勤したいとおねだりしてしまった。

 はじめのうちは頑固に「寝ていなさい!」と言われてしまったのだけど、一人は寂しいと一生懸命訴えた。


「うちに一人でいても、つい身体動かしちゃったりしてかえって休まらないし。一緒にいちゃ、だめ?」


 しまいには涙目になってたらしく、不承不承連れて行ってくれることになった。もちろん、無理はしないこと、エリィに休めと言われたらすぐ休むのが条件だけどね。


 戸籍に納税記録、教会への寄付……

 色々な資料を突き合わせ、矛盾する点を書き出していくと、どこでどう不正が行われたかがおぼろげに見えてくる。やってる奴らは別々の省庁で扱っているものに不正を分散させればバレないとたかをくくってるんだろうけど、それに関連する省庁に該当する時期の記録を見せてもらえばちゃんと証拠が浮かび上がってくるんだよね。

 一人で見ていると気付かず見逃してしまう事があっても、エリィと一緒にやっていると不思議と見落としがない。やっぱり視点が違うけれども気心が知れた相手だからだろうか?他の人だとこうはいかないもの。


 月虹教団は身寄りのない子供や口減らしで棄てられる子供を安く買い叩いて、あちこちで売りさばいている。一番の得意先は鉱山と船だけど、見目の良い子供は特殊な「躾」をした上で、王都の孤児院に連れて来られるらしい。

 きっと娼館まがいの事をやっているんだ、と思うとそのおぞましさに寒気がする。

 まだ善悪の区別がつかない子供に、大人に絶対に逆らわないよう徹底的に躾けて、性的な奉仕をさせる。幼いうちはまだいい。

 されている事、やらされている事の意味が分かった時、その行為の汚らわしさに絶望するだろう。僕にも覚えのある感情だ。


 僕にはエリィがいたから乗り越えられた。この子供たちには僕たちが寄り添わなくては。

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