クラウディオ・ケラヴノス 五

 ふと気が付くと、寮のエリィの私室で、彼のベッドに並んで座っていた。


 しばらく黙って座っていたけれども、沈黙に耐えられなくて、ぽつりぽつりと今まであった事を告白した。義母上のこと、師匠のこと。


 思いつくままに言葉にした、まとまりのない話を、エリィは相槌をうちながら静かに辛抱強く聞いてくれた。けれども先輩方に呼び出された時の話を始めると「もういい!」と急に大きな声で遮られた。


 仕方がない。

 誰だってこんな恥ずかしい話は聞きたくないし、こんな汚れた人間とは関わりたくないに決まっている。

きっと彼ももう、僕を友とは呼んでくれないだろう。絶望的な気持ちで顔を上げると、不思議な事に彼の澄んだ蒼い瞳からはとめどもなく涙が溢れていた。


「……どうしてエリィが泣くの……?」


 思わず手を伸ばして、指先でその透き通った雫をすくいとった。

 一瞬絶句した彼は、絞り出すような声で意外な答えをくれた。


「……だって悔しいだろ?」


「……え……?」


 軽蔑されると思った。

 そうでないとしても、かわいそうなものとして、憐れまれ、同情されるのが関の山だと。


「……悔しいじゃないか。穢れてるのも卑怯なのも、全部お前を弄んだ奴らだろう!?

 ディディはこんなに綺麗で、どこも穢れてなんかないのに、あんな奴に侮辱されて……」


「……エリィ……」


「俺は悔しい……っディディはどこもかしこも綺麗なのに……っ

 こんなにも優しくて、賢くて、どこも穢れてなんてない……っ」


 こんな僕のために、本気で憤り、心から悔しがってくれている。端正な貌を歪め、ぽろぽろと水晶のような涙を零して絞り出すように言うエリィは誰よりも美しく見えた。


「……綺麗なのはエリィの方だよ……」


 思わず口をついた言葉に彼が顔を上げ、しっかりと目が合った。


「ありがとう、エリィ」


 今こうして君に会えた。それだけで、生きていて良かったと思える。

 彼の涙で濡れた頬に両手を添えると、そのぬくもりで冷たく凍り付いた僕の心が急速に溶けだして、柔らかく息を吹き返した気がした。


 ああ、なんて幸せなんだろう。


 もともと仲が良かった僕たちは、それ以来滅多なことでは離れなくなった。

 親友と言えば聞こえは良いが、実際のところは精神的にとても脆いところのある僕がエリィに依存している状態だったと思う。

 申し訳ない気持ちを抱きながらも、本気で僕のために怒ってくれる人、絶対的に信頼できる人のいる喜びと安心感は、一度知ってしまうともう手放すことなど考えられなかった。


 卒業までの5年間、僕たちはずっと成績一位と二位だったので、寮の部屋も隣同士だった。


 エリィが一緒だとひどいフラッシュバックも起きる事がほとんどないし、万が一パニックを起こしても、彼に優しく抱きしめて背中をさすってもらううちに落ち着くことができるようになった。


 こっそりとどちらかの部屋で空が白むまで語りあかし、いつの間にか一緒に眠ってしまうこともしばしばあった。羽目を外すという事を知らない僕たちにとって、この規律違反はちょっとした冒険だった。


 彼のおかげで良い友人たちにも恵まれた。

 第二王子のマリウス殿下や、財務相コンタビリタ侯爵の嫡男マッテオ様もその仲間だ。彼らとの付き合いは今でもずっと続いている。


 卒業後、僕とエリィは文官試験を受けて法務補佐官となった。半年間の研修を受けて正式な法務官となってからは、監査局でさまざまな組織の不正を取り締まりに携わっている。


 マリウス殿下からはしきりに二人で侍従として仕えてほしいと言われたのだけど、僕たちはそのありがたい申し出を固辞してしまった。


 僕は情けない事に腹芸が苦手で考えている事が顔に出てしまいがちだし、なにより未だに自分の過去の出来事ともきちんと決別できておらず、ふとした拍子にフラッシュバックを起こしてしまうのだ。


 そんな不安定な人間に、王族の侍従が務まる訳がない。そしてエリィは僕とは片時も離れないと言ってくれた。

 彼の出世を潰してしまうことになってしまうと案じたのだけど、彼は僕と共にいる事の方が大事だと言ってくれて、共に法務官としてこの国の秩序を守る役目を担う事にしたのだ。


 側近として近くで支える事はできないけれども、一介の文官として精一杯職務を果たすことで、少しでも殿下の友誼ゆうぎに報いる事が出来ればうれしい。彼も僕にとって大切な友人であることには変わりがないのだから。

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