エルネスト・タシトゥルヌ 四

 彼と再会したのは十三になったばかりの春である。貴族の子弟が通う王立学園に入学した。

 入学直前の学力考査では、それなりに良い結果を残せたと思ったのに二位だった。主席の子はほぼ満点だったらしい。

 誰かと思えばあのディディだった。


 入学前に少しでも寮に慣れておきたかったので、入学式の前日のうちに入寮させてもらった。自室に荷物を運びこんで廊下に出ると、ちょうど隣の部屋から誰か出てきたところだった。

 見覚えのある鮮やかな色彩にに思わず「ディディ?」と声をかけると振り向いて「エリィ?本当に久しぶり」と微笑まれた。

 夕陽をとかしこんだような艶やかな茜色の髪と陽光をそのまま閉じ込めたかのように透き通ったパパラチアの瞳は、そのまま黄昏の光の中に溶けて消えてしまいそうに儚げで、その頼りなくも美しい姿に俺は一目で魅了されてしまった。


「うん。試験一位だったんだって?俺二位だったんだ。部屋、隣だからよろしくな」


 笑いかけると嬉しそうに微笑み返してくれて、それからずっと誰よりも側にいる。たぶん俺のディディに抱いている好意と、ディディが俺に抱いてくれている好意は全く異質のものだろうが、それでも傍らにいられるだけで幸せだ。


 学生時代は友人たちにも恵まれ、充実した日々を送ることができた。

 やや気が弱いところはあるが、際立って美しく、聡明で心優しいディディは皆の人気者だった。にもかかわらず、異常なまでに自己肯定感が低く、常にどこか不安げな様子でいるのが不思議で気がかりだった。


 その理由がわかったのは入学して2か月が経ち、深まる秋が去り行き霜が降りてくる頃だった。


「よお、なんで男娼風情がこんなところをうろついてるんだ?」


 授業を終えて寮に向かう途中、下品な声をかけられて全く訳が分からなかった。急に歩みが止まった傍らからひゅぅっと音がして、そちらを見やると、ディディが真っ青な顔をして小さく震えている。

 仕方なく振り返ると、俺たちと同じくらいの年頃だろうか、長身の少年がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。


「何の事だかわかりませんが、下品な人ですね。ここがどこだかわかっていますか?貴族の子弟として恥ずべき振る舞いは慎まれた方が良いですよ」


 自分でも思ってもみなかったほど冷たい声が出た。


「あんたも誑し込まれたクチかい?そいつが何で騎士団を追い出されたか知ってんのか?

 学年主席とかでいい気になってるらしいが、そいつは見習いの時に身体を使って媚売って、師匠に特別扱いされてたんだ。先輩の従騎士たちの玩具にもなっててよ。

 朝早く、精液まみれで練兵場に転がってるところを見つかって追い出されたのさ。どうせ一晩中咥えこんでたんだろ?そんな薄汚い男娼がうろついてる方がよっぽど恥ずべきだろうが」


「あなたの話はとても事実とは思えませんが。万が一事実だとして、状況からして合意の上の行為とは思えません。恥ずべきは、被害者ではなく無体な行いを強いた先輩方のほうでしょう?話をするだけ時間の無駄だ。さっさと立ち去りなさい、さもなければ警備の者を呼びますよ」


 せせら笑う少年に吐き棄てると、俯いたまま動けずにいるディディの手を取る。

 さっきから様子がおかしい。過呼吸発作を起こしたのか、大きく目を見開いたまま、うまく呼吸ができないようだ。涙と涎が綺麗な顔をぐしゃぐしゃに汚している。


 誰かが何か喚いている気がするが、今はそれどころではないと意識から遮断する。


「ディディ、ゆっくり息を吐いて。声出していいから」


「ぁ……ぁぁ……」


「そう、しっかり吐いて。もうこれ以上吐けなくなったら力を抜いて。もう大丈夫だから」


 しっかりと抱きかかえるようにして背中をさすりながら、できるだけ優しい声を出す。ディディは頷きながらも、しばらく身を硬くしたまま俺にしがみつくようにして引きつったような音を出していたが、少しずつ呼吸が落ち着いていくと、やがて大きく息をつくと顔を上げた。


「とにかく帰ろう?ここは空気が悪い」


「……僕と一緒にいるの、嫌じゃないの?」


 涙で揺れる瞳を向けられて、安心させるように目を合わせて微笑んで見せる。腸は煮えくり返っているが、今はあのクズどもをどうにかするより目の前の彼を落ち着かせなければ。


「そんな訳あるはずないだろう?馬鹿な事言ってないでとにかく寮に帰るぞ」


「……うん……」


 こんな状態のディディを一人にしておけないので、とりあえず俺の部屋にそのまま連れて行った。そして俺のベッドに並んで座ったまま、どうすることもできずに彼が落ち着くのを待つしかなかった。

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