怠惰の呪いのせいで追放された三冠勇者は闇堕ち破滅ルートを回避したい~絶対防ぎたい、魔王化~
しろいるか
第1話 はい。だるいです。
…………あー。ダルい。どれくらいダルいかって言うと、もう呼吸さえするのがダルい。
もはや怠惰の極みってやつに近いかもしれない。
さっきから昼になりそうな勢いの太陽光線を顔面で浴びてるんだけど、逃げる気にもなれない。
っていうか腹も減ったし喉も乾いたし、トイレにも行きたい。
でも……──動きたくない。
控えめに言ってヤバい。
せっかく転生したってのに、どういうことなんだ、ガチで。
ここは《デスティネイション・フロンティアサーガ》という世界で爆発的に売れたゲームの世界だ。そっくりなんてレベルじゃない。完全に同じだ。
俺はその廃人ゲーマーで、かなり名も知られていた。
いやだってメインシナリオだけで何十時間以上も遊べる量で、全部面白いんだ! しかも分岐が結構あって、どの分岐でも面白くて面白くて……!
まぁ、それでもシナリオを全部一〇〇周ずつ、全部のイベントを発生させてクリアするなんて俺くらいなもんだけど。
そのせいで身体ぶっ壊して入院、あえなくお陀仏して――この世界に転生してきた。
しかもメインシナリオの第一期の主人公――世界最強とうたわれた勇者に、だ。
そこまでは良かった。良かったんだよ。
でも、時期が最悪だった。
世界を救った勇者には、不幸な未来が待ち受けている。
救ったはずの世界から、裏切られてしまうのだ。
否、そればかりか強烈な迫害を受けて、絶望。そして闇堕ちして世界を呪い、新たな魔王となってしまう。
それを打ち破るのが第二期の主人公なのだが――この勇者の死に際がかなりえげつない。第二期の主人公によってバラバラに切り刻まれた後に封印され、未来永劫の苦しみを味わうのである。
俺は、そんな最悪の時期に、しかも《怠惰》という呪いを受けた状態で転生してしまったのだ。
この《怠惰》って呪いがめちゃくちゃ厄介だ。
この情けない状態が物語っているだろう。
風呂もロクに入らないし、髭も伸び放題。部屋もぐちゃぐちゃ。なんだったら食欲とかそういうのもなくなる。完全に無気力状態だ。
ただ堕落して、のっそりと寝そべるだけの日々を過ごす。
確実に人として落ちぶれている。
この無気力症候群に近い状態のせいで、俺は勇者としての功績よりも悪評が目立つようになり、町の人たちからも疎んじられ、とうとう勇者パーティからも追放されてしまった。
いや、理解はできるんだけど、そりゃないんじゃね?
俺だって、なりたくてなったワケじゃねぇし。呪いのせいだって言ってるし。誰にも信じてもらえなかったけど。
ああ、何か腹立ってきた。
このまま、いっそ闇堕ち――
いやいや、マジ勘弁。ガチでくっそふざけんな。
せっかく、せっかく勇者になれたっていうのに、なんだってこんな……っ!
俺のハッピーライフはどこにいった!? 転生したらフツーってチートみたいな能力をもらってヒャッハーするんじゃないの!?
現実が辛すぎる!!
嫌だ。
絶対に嫌だ。
何がなんでも俺はこのルートを拒否する! 要するに闇堕ちさえしなきゃいいんだ。なんとかしてこの悪夢の呪いたる《怠惰》を解除する! そうすれば魔王にならなくて済むはずなんだ!
俺は闘志を燃やして、《怠惰》に対して抵抗を始める。この抵抗を思い至るまで三日くらい気力を貯めなければならないのだ。
今日は、ちょうどその三日目……!
「そのための……だい、一歩……!」
まずっっ!!
ベッドからっ!!!!
這い……出ることだっ!!!!!
俺は最終奥義を繰り出す勢いで気合をこめ、手足に全神経を集中させてのろのろと動かす。一度動けば、なんとかなるからだ。
次々と迫りくる《もういいだろ》《寝ちゃえよ》《どうせ何もできないんだから》《誰もお前になんて期待してない》なんてネガティブオブネガティブな思考を振り払い、ぐぐ、とベッドから這い出る。
「ぬぅおおお……って、おおぉっ!?」
情けない音を立てて、俺はベッドから転げ落ちる。
いってぇ……! 背中と腰、打ったっ……!
けど、この痛みのおかげで身体が目覚めてくれたらしく、少し楽になった。
痛みで楽になるってなんだ。って感じだ。
なんとか起き上がって、俺は《気付け薬【特級】》を飲む。
ゲームの世界じゃ、【麻痺】【睡眠】【傀儡】【呪い】といった状態異常を解除する上級アイテムだ。
これのおかげで、俺は一時的にせよ気力が少しだけ戻る。
マズいけど。ゲロマズいけど。
俺は口の苦みを覚えながらも、トイレを済ませて顔を洗う。
そこらに転がってる服を着て、外に出る準備を整えた。ヒゲも剃りたいけど、そこまでしたらもう家から出る気力はなくなってしまうだろう。
あー、ダルい。もうダルい。
「メシ……」
幸いにして、金はバカみたいにある。
何せ俺は世界を一度救った勇者だ。報奨金は人生を十回くらい遊び倒しても使いきれない金額だったのだ。
俺はテキトーに金貨を放り込んだ小袋を懐にいれて、外に出た。
ぎい、と軋む音を立てて開いたドアの先には、奇跡みたいな自然が広がっていた。
広い草原。奥は雪の積もる山々。右手には町。田園風景も見える。
空気は最高においしいし、鳥のさえずりも耳に優しい。
俺の家は、完全な郊外にある。
厳重な封印魔法が施されていて、外からは誰も見つけられない仕様だ。
盗人からの被害を受けないためである。
まだ《怠惰》の影響が弱い時に施していたらしい。いや俺が転生してきた時にはもうこうなってたから。推測だ。
いや、今はとにかくメシだな。屋台で何か買い食いだ。
俺は気怠さの残る手足を引きずるようにして魔力を集中させる。
空中に浮かんだのは、三重の魔法陣。
そこに俺は手に持っていた棒を突き刺す。【
所持してるヤツなんて数えるくらいしかいないだろう。俺はその一人だ。
どうも俺がゲームの世界で所持していたアイテムは全部持っているみたいだ。他にも便利アイテムはいくつかある。
そして、ゲームの知識。
俺は誰よりも詳しい自信がある。
絶対になんとかしてやる。
「《転移(テレポート)》」
指を鳴らし、俺は街へ一瞬にして転移した。
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