第八話 授業は六限まで続く

 老執事に打ち込み用の木製人形とロングソード、ショートソードをそれぞれ用意してもらったディアは王女を他の二人より前に出させてより話を聞きやすくする。


 結果として後ろで見守る形になった王妃と老執事は参観日に来た母や祖父のようで、ライリアは背中に視線を感じてすこし恥ずかしそうだ。


「例えばこのロングソード、基本的に両手剣として使用されるわけだが、他の二つと比べて圧倒的に一撃が重い。その分、相手は深手を負う可能性が増していて迂闊に突っ込むことができないといった状況を作り出すことができる。どれほどの威力か実践してみせる前に一度自分で持ってみて欲しい」


 彼は遠征団に配属されて早十七年、大隊長に任命されてからでも既に十年は経っている。その間、毎年入団する団員の訓練も任されているわけで、人に教えることに関して言えば一般的な人間より圧倒的に場数を踏んでいるだろう。

 彼はその経験を持って自分なりに考えだした教育方法に則って今回も動き始めだす。


 まず第一に一度で多くのことを語らず、チャプターのような区切りを設けて座学と実践を連続させたい。故に此度も触れるよう促すのだ。

 彼の鮮やかな動きを見せられ興味をそそられている王女は大人しく従い、手にとってはみるものの、柄に全力を込めて浮き上がるのはほんの数㎝。想像以上の重量に彼女は目を丸くした。


「まあ、普段から鍛えているわけじゃない人が使うことはなかなかに難しい代物だってことだ。型から考えると最新のものに違いないから、現在の一般的なものだと思ってくれ。その重みに勢いが加わればどれほどの威力を出すことができるか分かったか?」

「たしかにね。どこに配属されるかは別としてそもそも騎士団に所属することがどれほど厳しいかということも僅かながら理解できたわ」


 いやいや、鍛えてたらこれぐらいは誰でも持つことができるようになるぞとあまりに世間知らずな王女様へのツッコミは心のなかに仕舞い、彼は話を続ける。


「それは良かった。大きなメリットを一つ学んだところで考えてみよう。この武器のデメリットは何だと思う?」

「それはもちろん両手を使わなければならないことよ。そのせいで動き自体が大きくなって、隙を生む。戦いにおいて一対一なんて状況滅多にないんだからそれは致命的でしょ」

「理解が早くて偉いな。さすがは王家の人間だ。知識面の教育が良く行き届いている」

「ありがとう、ディア」


 称賛には王妃が反応してみせた。どうやら本当に自信がある箇所のようだ。


「ちなみに参考例として俺の一撃をこいつに喰らわせてみよう。危ないから少し離れて」


 ディアの指示に従って一歩後退った王女は彼の素振りから目を離さず、どの軌道で立たされている人形に当たるのか想像図を描き、実際の映像との擦り合わせを行うために瞬きをしない。

 そうして彼は一息吐いた後、レイピアのときとは違った大きな構えを取り、踏み込みと同時に斜めに振り下ろす。

 その瞬間、たしかに木で作られているはずの人形は首から上が落とされ、コロコロと王女の足もとに転がっていく。


「凄まじいわね……」


 感嘆の声を漏らしたのは王妃だ。自身が好んでいるレイピア使いとしてのディアとは一転、進化した男勝りなスタイルの姿につい感情を隠し忘れてしまった。


 そして生徒の立場である王女はというと、あんぐりと開いた口が塞がらないようで視線は自分のつま先にぶつかって止まった頭とディアを行ったり来たり。

 その過剰な反応が久々の感覚で美酒に酔いしれるような気持ちよさがあれど、心を奪われないで彼は講義を再開する。


「騎士団の両手剣使いはこれができないとまともに戦闘に参加できないから、俺が特別秀でているわけじゃないぞ。さっきも感じたんだが、これまでに王家としての役目で騎士団の演習を見学したことはないのか? それか今なお開催されている剣技を競う大会とか」


 王妃がその大会で自分の活躍する姿を見てここまで懇意に扱ってくださっているのだから、その文化は変わりなく残っているものだろうと思っていた彼は疑問に感じざるを得なかった。この母あってどうして娘が無知に近い状態なのか。


 もうすこし小さい頃に当時のことを話していてもおかしくはないと今更ながら感じ、けれど単に興味がないだけだったのかと言及するまでには至らず、返事を待つ。


「この子、じっとするのが苦手なの。だから、今日も勉学中に執事の目を盗んで抜け出して王宮内を走り回っていたのよ」

「なるほど」


 くだらない理由ではあるが妥当でもあるだろうと思い、話を戻す。


「まあ、とにかくロングソードは簡単に説明したから次はこっちについて話そうじゃないか」


 彼は一旦手に持っていた剣を壁に立てかけ、ショートソードに持ち替えた。

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