第27話 夜明けの光

 暁の薄暗かった空が次第に白み、淡く輝いていた愛染の月もその姿を白く変えてゆく。東の空がぼんやりと色を帯び、さっきまで月の物だった光は、空に広がる薄紅橙色の光の帯となり次第に東雲へと姿を変えてゆく。


「泰様。もう夜が明けてしまいますね。」

「あぁ、こんな夜は久しぶりだ。あの日、君が心配で一晩中、馬で駆けたあの道のことを想い出したよ。西域の治水を部下に託し、ただ君の身を案じ伴修を憎く想い夢中で駆けた。」


「まぁ、泰様。嫌ですわ。そんな昔のこと。あの時は本当に、泰様にご心配をおかけしました。蛇鼠様と伴修様の策に落ちてしまうなんて・・・ でも今はこうして泰様のお側に居られる。こうして深い悲しみに寄り添ってくださる泰様のお側に。」

「若かりし遠き日の事だ。だが、あの一件で私は、杏、君への気持ちが深い事に気付き、真に心を開きまっすぐに向かわねば後悔する。そう痛感したのだ。だからこそ、今がある。そう思っているよ。伴修に感謝だ。彼は痛い代償を払った。」


「えぇ、誠に。でも今は伴修様も、雅里様が居て皇太子のお祖父様にもなられた。」

「あぁ。これでよかったのだ。我らはあの苦い想いを通ったことが、きっと善かったのだ。あぁ、随分と明るくなって来た。杏、せっかくだから朝日が昇るのを見ないか?」

「まぁ、いいですわね。」


 泰極王と七杏妃は屋敷を出て王府の展望に上がり、遠く海から朝日が上がるのを眺める事にした。



 青灰色の海が淡い黄金色を帯び、濃い紅橙色に輝く朝日が顔を出した。


「泰様、新しい朝日ですわ。」

「うん。美しい。何という圧倒的な力強さだ。」

「えぇ、本当に。こんなにゆっくりと、朝日を二人で見た事などありませんでしたね。」

「あぁ、そうだな。今までは忙しく駆け抜けてきた。これからは、こうして朝日が上がるのを眺める余裕もあるというもの。」

「そうですわね。二人でゆっくり致しましょう。そして、今までに出来なかった事を一緒に致しましょう。のんびりと。」


七杏妃は顔を上げ、泰極王をまっすぐ見つめた。


「あぁ、そうしよう。そういう過ごし方がある事を、空心様が最後に教えてくれたのかもしれぬな。空心様の置き土産の朝日かもしれぬな。」


泰極王は七杏妃の肩を抱き、二人寄り添って昇ってゆく朝日を眺める。


 朝日が少しずつ高くなり、蒼天の国を照らしてゆく。新しい朝の光で目覚めさせてゆく。そうして次第に眩しくなる朝日に目を細めながら、ただじっと展望から二人で眺めている。寄り添って見守っている。新しい蒼天の始まりを。




 空心の葬儀が終わってしばらくして、天民の元に若き僧侶がやって来た。


「天民様、どうしてもお願い致したき事がございまして参りました。」

「これは心如シンルウ殿。いかがなされたのです? あぁ、空心様にお会いにいらしたのですか?」

「えぁ、それもありますが、実は・・・ 私を空心様と天民様のお側に置いて頂けないでしょうか?」

若き僧侶、心如は言った。


「これはまた、いかがなされた? 空心様はもう彼岸の方となられ、位牌や残された書を通してしか会えぬ方ですよ。」

「はい。天民様。その位牌のお世話をし、書を読ませて頂きながら、直弟子でいらっしゃる天民様の教えを乞いたいのです。」

「それはまた・・・」


天民は黙ってしまった。


 かつて紅號村で剣芯に泣きつかれ、この蒼天へ連れて来た時の事が思い出された。


〈あの時、空心様は微笑んで剣芯を迎え入れ、私に弟子を取るよう仰った。お陰で私は学びの友を得た。その剣芯も立派な僧侶として成長し、今は白鹿王府を支える柱となっている。空心様亡き後、その教えを受け継ぎ蒼天王府の力となれるのはもう、私一人になってしまった。何とも心細い事よ。

 心如殿は、熱心に空心様の説法を聞きに来ていた。これも仏縁のお導きかもしれぬ。心如殿を迎え入れ共に学ぶとしようか・・・〉


うつむいたまま黙っている天民に心如は、


「天民様、どうかお願いです。私を空心庵に置いてください。天民様の弟子にしてください。」

と、膝をついて懇願した。


 天民は顔を上げ心如を立ち上がらせると、しっかりと見つめて言った。


「分かりました。心如殿を私の弟子として迎え入れ、空心様の教えを渡しましょう。そして共に学びましょう。ですが空心庵は、蒼天王府の庇護を受けております。ここに住むとなると、一度王府に相談せねばなりません。」

「ありがとうございます。天民様。ぜひ、空心様の教えを一緒に学ばせてください。王府へは、私も一緒にお願いに上がります。」


心如は涙を滲ませ、満面の笑みで天民に手を合わせている。天民は心如の肩に手を添え、幾度も大きく頷いた。



 早速二人は、蒼天王府に向かい獅火王に会い心如の弟子入りと空心庵に住まう許しを得る事にした。獅火王は、歳の頃も近く空心の説法会でも顔を合わせた事のある心如に以前から親しみを感じていた。その心如が今目の前にやって来て、庵に一人になってしまった天民様を慕い共に学び空心様の教えを受け継いでくれるという。獅火王は喜び、天民と心如の申し出をすぐに快諾した。



 これにより心如は主を亡くした空心庵に住まい、空心を偲びながら天民と共に学ぶ日々を送る事となった。


「空心様。私に新しい弟子を迎えました。蒼天に生まれ育った心如です。これから共に学んで参ります。空心様の教えを手渡して参ります。どうか見守っていてください。」

天民は一人、空心の位牌に手を合わせて祈った。


 獅火王と天民の許しを得た心如は、喜びと期待で一杯の胸をまっすぐにお天道様に向け、準備を整える為に自分の寺へ戻って行った。


 寺に戻ると、心如を案じて待っていた師僧に新たな仏門の道が開かれた事を報告した。そして、丁寧に真心を尽くして礼を述べると小さな包みを背負い再び空心庵に向かった。


 心如にとっても天民にとっても、また蒼天王府にとっても、新たな道が開けた。この蒼天の様々なものが移り変わり絶え間なく変化し、少しずつ受け継がれ聖史の一つとなってゆくのである。 














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