第17話 聖史の石板

 二羽の孔雀が山から飛び立った姿は、街の民も見上げていた。突然の眩しい程の孔雀の出現に人々は驚き、霊山の神が現れたのではないかと口々に噂し喜んだ。

 国の南北端から舞い上がった二羽の孔雀は、大きく旋回し風を起こし漆烏の国に立ち込める重い気を払い、先程の誓いの言の葉の音霊を増幅させ国中に強く響かせた。増幅した音霊は清らかな雨のように降り注ぎ、人々の心に国のあらゆる物に届いた。


 霊木の森に降り注いだ音霊は、木々に光を戻しまだ残っていた葉をこの時季らしく赤や黄に変えた。遠目からも分かる森の彩りの変化は、すぐに宝葉姫と雲慶の元に届き二人は更に喜んだ。


 上空で旋回を続ける二羽の孔雀は、風を巻き展望に小さな竜巻を起こした。戸や板壁がガタガタと揺れては外れ天井板が崩れ落ちる。よろめいた宝葉に雲慶はさっと駆け寄り支え、竜巻が治まるまでじっとしていると、崩れた天井板の隙間から木箱が落ちてきた。

 展望が静かになって、雲慶が木箱を拾い上げそっと開けてみる。中には丸められた絹布が入っている。両手で布を取り出すと、確かな重みを感じる。ゆっくりと布をめくって見る。たくさんの綿に包まれた藍孔雀の石板が出てきた。



「姫様これは・・・ とても丁寧に大事に包まれていましたから、何か貴重なものかと思いますが・・・」

「えぇ、そのようね。こんな石板、見た事がないわ。碧雀石に似ているようだけど・・・ それより藍い。何か文字が彫ってあるわ。」

「えぇ、読んでみましょう。」



〈大地が大きく揺れた時 山は双璧に分かれ 二つの霊山となる

その時 山の神仙も双壁に分かれ 双子の姉弟神となる 

貴玉山に弟神 雀玉  霊木山に姉神 蓮雀 棲まう


くろき民が蒼き民を攻め 天より稲妻を受け森を失う

その嘆きは深く大きく 二神は元の孔雀に戻り永き眠りに就いた

百年の後 再び森は嘆き 灰に覆われる


蒼き民と龍峰山の神の手を受け 漆き民に光が戻り 彩りが戻った時

空より清らかな音霊が降り注ぎ 二神の孔雀は永き眠りから覚め

貴玉山に藍孔雀石が再び産まれる


漆き民は 尊き孔雀の声を聞き 孔雀は姿を変え民の心が変わる

祈りの音霊は響き 希望の木蓮と共に国を祝う

漆き民は悲嘆を手放し 痛み苦しみを払い希望を灯す習いを得る

国は晴れ光が注ぎ豊かになり 開かれた民の行き交う国となる

新しき漆烏が目覚める〉




 石板の詩文を読み上げた雲慶は、


「姫様これは・・・ これはまさに今の漆烏・・・」


震える声で言い、目を見開いたまま宝葉姫を見つめている。


「えぇ、雲慶様。これは百年前の漆烏国と今の漆烏国の事を記したもの。この異変は、すでに決まっていた事だったのですね。こんな石板が王府にあったなんて・・・」

驚いた二人に温かい涙が滲み、胸が熱くなるのを感じた。


「あぁ、なんと喜ばしい事でしょう。この漆烏国にも神仙様が棲まわれていたのですね。その神仙様があの孔雀。今やっと目覚められたのですね。」

「あぁ、姫様。そのようです。なんと喜ばしく有り難い事か。」



 二人が藍孔雀の石板に見入っていると、突然声がして凰扇が現れた。


「宝葉姫。雲慶。やっと見つけましたね。それは、漆烏国の聖史を記した藍孔雀の石板です。その藍孔雀石は元々、霊木山と貴玉山で産まれていた石です。この百年、二神仙が眠りに就いていた為に産まれませんでした。

 これからは、あなた方二人が新しい漆烏国の聖史の始まりとなるのです。その始まりの一つとして ‘木蓮節’ を始めなさい。漆烏国に在る全てのものと民の為に。李君リジュン王女の植えた木蓮の開花を合図に、それまでの一年分の悲しみと痛みを手放し、開花と共に始まる新しい一年に希望を見つめ心に光を灯し春を迎えるのです。」


「はい。凰扇様。これから毎年、木蓮節を行います。」

「えぇ、宝葉姫。そのように頼みますよ。」


「凰扇様。私たちは木蓮節で何を行えばよいのでしょう?」


「そうですね。まず、木蓮節は三日に渡って祝いなさい。

 一日目には、乾燥させた木蓮の葉に ‘もう手放したい事’ を書き、深碧川に流しなさい。二日目には、木蓮の花弁を模った紙に ‘この春から先への希望’ を書きます。三日目には、ゆっくりと木蓮の花を愛で川沿いを歩き役目を終えた花弁を拾って家に持ち帰り、二日目に書いた花弁紙に挟み家の柱に貼って置くように。

 翌年の木蓮節には、この花弁紙を僧侶が集め各寺で焚き上げるのです。よいですね。」


「はい。ですが凰扇様。今年は初めての年なので、乾燥させた木蓮の葉がありません。どうしたらよいでしょう?」

「雲慶、心配はいりません。今年の分は、私が用意しました。」


凰扇がそう言いながら手を振ると、目の前に大きな竹籠に三つ分の山盛りの木蓮の葉が現れた。


「まぁ、こんなにたくさん。ありがとうございます。大事に保管し使わせて頂きます。」

「えぇ、宝葉姫。来年からは、この葉を用意する事も木蓮節の準備の一つですよ。そして二日目に使う花弁紙の準備は、今からすれば今年の木蓮の開花に間に合うでしょう。」

「はい。すぐに取りかかります。そして来年に向け僧侶たちに、木蓮節のお焚き上げの触れを出しておきます。」

「えぇ、そうしてください。合わせて民にも木蓮節の習いについて知らせておいてください。この三日間は仕事はせずゆっくりと過ごし、新しい春への切り替えをするようにと。」


「はい、凰扇様。誠に丁寧に教えて頂き感謝致します。これより王府の皆で手分けして、開花までに準備を整え木蓮節を行えるように致します。」

「えぇ、宝葉姫。雲慶と共に進めてください。では、頼みましたよ。私も春を、木蓮節を楽しみにしています。」


その言葉が止むと共に、凰扇は姿を消した。



 残された二人は、希望がすでに胸の内に湧き起っているのを感じていた。


「そうだ姫様。これより二つの霊山に上がり、酒と香を供え感謝を伝えに参りましょう。」

「えぇ、雲慶様。それがいいわ。そう致しましょう。すぐに酒と香の準備をし、共に参りましょう。」


 宝葉姫と雲慶は、すぐに準備を整え二つの霊山に上がり丁寧に酒と香を供え感謝の祈りを捧げた。



 この日を境に漆烏国の民は心に光を取り戻し、聞こえてくる言葉は少しずつ明るく希望を纏ったものになった。そして、身に付ける衣も彩り豊かになり、街の景色が変わっていった。宝葉姫と雲慶はこの国の変化を喜び、日々の祈りは感謝に変わった。











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