マグノリア
七織 早久弥
新しき国の誕生
第1話 武尊王の誕生
「
「あぁ、
「本当に。最初にここから眺めた景色とは随分と変わって、民の暮らしも様変わりしましたわ。」
澪珠は武尊に微笑み、白鹿の国土を眺めている。
するとそこへ、どんどんと音を立て誰かが階段を駆け上がって来る。
「父上―。」
「母上―。どこですか?」
賑やかな声とともに子供たちが櫓に上がって来た。
「まぁ、まぁ。ちゃんと手足を洗って来たかしら? 外で遊んでいたのでしょう?」
「もちろんです。母上。
得意気に言う兄の横で、一緒に来た妹も大きく頷いている。
「明日は、父上の大事な日なのですから今日はもう、内でゆっくりと休んでいなさい。明日、大広間で居眠りでもしてしまったら大変よ。他国からのお客様も多勢いらっしゃるのですからね。」
「そうだぞ。二人とも、父の姿をちゃんと見ていてくれないと。一生に一度の事だからな。次は自分たちの番なのだぞ。今のところ皇太子である
「えっ! 僕が次の王なの?」
「そうよ。決まっているじゃない。皇子はあなたしかいないもの。私は母上のように大好きな人の所に嫁ぐのよ。」
「そうだな。でもな深月。広陽がどうしようもない皇子だったり、身に何かあったら、深月も他人事ではないのだぞ。そなたに婿を迎えて王女にする事も出来るのだから。」
「えっー! そんなこと・・・ 広陽、しっかりしてよね。」
妹は兄を叱った。
「はーい。」
兄は気のない返事をした。普段は大人しい妹も、兄に対しては強気だった。
そこへ侍従がやって来て、
「武尊様。澪珠様。
と告げた。
それを聞いた途端に、武尊と澪珠の顔が華やいだ。
「さぁ、蒼天国からお祖父様とお祖母様が到着されたぞ。早くお出迎えを。」
武尊が子供たちの背中を追うと
「蒼天国のお祖父様とお祖母様?」
「馬鹿ね。広陽。母上の父上と母上よ。私たちのお祖父様とお祖母様よ。」
「あぁ、そうか。初めて会うね。どんな方なのだろう。」
子どもたちは勢いよく階段を駆け下りて行った。
「さぁ、澪珠。私たちも急ごう。久しぶりの対面だ。」
「えぇ、武尊様。無事に到着されてよかったわ。」
二人も門へと急いだ。
すでに馬車を下り、護衛の
「まぁ、まぁ。元気のよいこと。もしかして、広陽と深月かしら?」
「双子というのは、本当にそっくりなのだな。二人とも同じ顔をしている。」
泰極王と七杏妃は、子供たちの顔を代わる代わる見た。
「これこれ、ちゃんとご挨拶は出来たのかな?」
遅れて武尊がやって来た。
「泰極王、七杏妃。お出迎えするはずが遅くなり、申し訳ございません。無事に到着されて何より。遠路お越しくださり、感謝致します。大変長らくご無沙汰を致してしまいました。」
「おぉ。すっかり立派になられて。武尊殿、この度はご即位おめでとうございます。いよいよ明日からは、白鹿国王ですね。」
「本当に立派になられて。泰様の仰る通りだわ。それに、よき父親にもなられた様子。いきなり二人の子育ては大変だったのでは?」
「えぇ、七杏妃。澪珠と二人で奮闘致しました。ですが、久しぶりの子猿との日々は楽しかったです。」
「まぁ、武尊様。子供たちを子猿だなんて。確かにそのぐらい、やんちゃでしたけど。」
「あぁ、澪珠。元気そうで何より。よかったわ。」
「母上。お久しぶりです。遠路お疲れ様でした。この子が広陽で、この子が深月。兄妹の双子です。」
七杏は少し涙ぐみながら幾度も頷き、澪珠の手を取った。そこに割り込むようにして、
「僕が広陽だよ。妹は深月。」
「初めまして。深月でございます。」
子供たちも、泰極王と七杏妃にあいさつを終えた。
「さぁ、さぁ。長旅をしてお疲れでしょう。奥へどうぞ。」
武尊は二人を案内し、屋敷の奥へ入った。
案内されるままに客間に入ると、すでに茶の用意がされていた。
「まずは、皆でお茶を。」
澪珠が茶を淹れ白鹿の菓子を食べながら、久しぶりに顔を合わせた喜びを皆が感じていた。そして、澪珠が白鹿に嫁いでからの十年の様々について語り合った。
七杏妃と澪珠は、子供たちの話が尽きず、生まれてから今日までの事を笑い合いながら話している。どんなに大変だった事も、今となっては二人とも笑顔で話せた。澪珠が幼い頃の夢鏡の話も。双子の子らの夜泣きやおしめの話も。その二人に子供たちはまとわりついて、あれが出来る。これが好きだと、それぞれに無邪気に話をする。その様子を、泰極王は目を細め手にした茶がぬるくなってしまうほど見つめている。
しばらくして武尊は、まだ陽が高いうちにと泰極王を櫓へ案内し、治水の整った白鹿の国を見せる事にした。二人で櫓へと向かう途中で、泰極王は
「武尊殿。剣芯が即位式に来られず申し訳ない。彼は、誠によき僧になりましたよ。どうしても今手がけている経典を写し切り、それを持って白鹿に戻りたいと申しております。その写しが間に合いませんでした。しかし、蒼天での学びを終えたら必ず、武尊殿の元へ行くと申しております。どうか彼を信じて、その日まで待ってやってはくれないか?」
「えぇ、もちろん。私は、剣芯を信じております。ですから安心してください。私の即位の時期は、白鹿王府の都合でございます。その都合が、剣芯の持ち合せている時と合わなかっただけ。そう思っております。」
武尊はそう言って笑った。その笑みに泰極王も安堵し、武尊の肩を抱いた。
櫓に上がった二人の目の前には、わずかな雨季を終え、一年で一番水の豊かな白鹿国が広がっていた。
「おぉ。これは見事だ。そこかしこに池があり、各地を結ぶように川も流れている。白鹿は乾いた土の国と聞いていたが、緑も見えるではないか。」
「はい。泰極王。十五年前はこのような緑は少しも見えませんでした。本当に乾いた土の広がる地でした。それが、蒼天での治水の学びを生かし五年をかけ川を整え十年の月日が経ち、このように水と緑のある風景に変わったのです。」
「いやぁ、これは見事だ。武尊殿、よくぞここまで整えた。誠に素晴らしい。」
「いえ、これも蒼天での学びのお陰様です。それに、川や池を整えたところで雨が降らなければ水は得られず、どうにもなりません。その雨を白鹿国にもたらしてくれたのは、澪珠なのです。」
「なに? 澪珠が雨を? それはどういうことでしょうか?」
話は思わぬ方へ流れ始めた。
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