第8話 少年の覚悟

 少年には親がいなかった。正確には、親の顔を知らないと言った方が正しい。物心着いた頃には、路地裏で同じような境遇の者たちと一日一日を何とか食い繋いでいく。なんでもやった。生きるためなら。そうまでして生きたかった。


少年には2つの夢があった。1つは同じような境遇の者たちと食べたいものを食べたいだけ食べる。たまにでいいから、そんな日常をおくること。それが生まれた時から、孤児であった少年の夢である。


しかし、そんな夢も叶わなかった。あのクソみたいな領主のくそみたいな政策、それを実行したクソみたいな領民のせいで仲間たちは皆死んだ………少年は全てを呪った。自分の非力を。この世界を。神を。そして人間を。だから誓った人間に復讐することを。弱者を救い、強者を挫く。そんな復讐を。少年の一つ目の夢は復讐をすることに変わった。


 そしてもう一つ。少年が誰にもいったことがない夢があった。恥ずかしくて誰にも言えなかった。それは一つ目の夢と矛盾してしまう。でも夢見てしまう。もしもこんな自分にできたらと。


それは少年に恋人ができることだ。復讐を誓った男が恋人を求めるなど矛盾もいいところだ。笑ってしまう。それ故に誰にも言わずにひた隠しにしてきた。恋人が欲しい。恋人ができたなら守ってみせる。そんな思春期らしい夢である。


 



 その時が訪れた。目の前には大きな鎌を持った男。僕の腕に抱きついているのは、美少女。さっきあの男が精霊と言っていたことは気になるが、これが夢を叶えるチャンスではなくなんだと言うのだ。僕は少女を男から隠すように立ち、真正面から男を睨み付ける。


「お前は何者だ?この子は渡さないぞ!」


「お前こそ何もんだよ!!人の獲物に勝手に手ぇ出してんじゃねぇぞ!お前そいつがなんだか知っているのか!!精霊だぞ!契約すれば精霊術師として強大な力が手に入る!!だからそいつを渡せ!!」


こいつ、いちいち声がうるさいな。それにしても今ので合点がいった。この子は精霊でこの霧はおそらくこの子が出している。あの光は契約した時の光だった。ん?ちょっと待てよ………てことは………


「僕精霊術師になっちゃったのーーー!!!」


「お前!!まさか契約したのか?!!」


「うん!そうだよ。さっきから言ってるでしょ。」


そういえばさっきから言っていたな。この違和感も契約を通じて彼女と繋がったせいなのか。


「は〜!!契約しただと〜!!」


うるさい。思わず僕は耳を塞ぐ。こいつは本当に声がでかいんだよ。もう少し小さな声で喋ることはできないのか。


「なんなんだ!!ん?!契約者を殺せばお前と契約できるよな!!」


な!ヤバイ。おそらくこいつはかなり強い。鎌を構えた瞬間男から殺気が溢れだす。さっきまでとは空気が違う。男の動きに僕も彼女も身構える。


男が動いた。そう思った瞬間鎌が僕の首筋を掠める。どうやらさっきまで後ろにいた彼女が僕を引っ張ってくれたらしい。危機一髪だ。ヤバイ。短剣を抜き、レイラさんに教わった剣術でなんとか受け流すが力の差は圧倒的だ。次第に僕はかすり傷が増えていく。彼女も精霊らしく魔術でなんとかしようとしているが下手に魔術を使えば僕も巻き添えになるため、何もできずにいる。


戦況は一方的。力の差は歴然。どんどん押され大きな切り傷も目立ち始める。


後退しながら鎌を受け流し続ける。流石にキツくなってきた。強靭な力で振られる鎌は重く、一撃一撃が腕を伝い身体中を痺れさせる。


「あ!」


油断した。いや、油断など一切なかった。体力の限界だ。背後にあった石に引っ掛かり、体制を崩す。それをこの男が見逃すはずもない。急所めがけて一直線に鎌を振り下ろす。


嗚呼、僕は死ぬのか。鎌がゆっくり見える。これがいわゆる走馬灯そうまとうと言うやつなのだろう。いろいろな思いが蘇っては消えていく。あの日抱いた夢のこと。師匠との出会い。レイラさん、そしてあの少女。


あの少女は僕が死んだらどうなってしまうのだろう。この男と契約するのか………それとも、契約せずに殺されてしまうのか………どちらにせよ彼女が酷い扱いを受けることは確定だろう。


嗚呼、僕と契約した少女。名も知らぬ君だけど僕は君の姿に惚れてしまった。そんな惚れた女の子一人すら僕は守れないのか。そんなことで復讐を成し遂げるなど夢のまた夢。これまでの僕は甘えていたのだ。あの二人に。ピンチの時は守ってくれる。そんな甘えがこの弱さを、この状況を招いた。


「我、死に際にて悟る。汝が我思う時、我もまた汝を思う。故に我、汝に力与えん時、汝も我に力与え給え。」


辺り一体が激しい衝撃と共に眩しい光に覆われる。この濃い霧をも吹き飛ばすほど鮮明に。男は緊急回避をとり一旦間合いをとる。


どうしたのだろう。身体中に力が満ち溢れている。今ならなんでもできる。そんな気までする。あたりは僕の魔力で満ち溢れ、体はまるで重力が半分になったと思えるほどに軽い。


「何が起きた!!今のはなんだ!!」


男も何が起こったのか分からないでいる。今なら勝てるかもしれない。僕は爪先に力を入れ、男に向かって斬りかかる。


!!!


すごい爆音で霧の晴れた青空に金属が鳴り響く。


互角だ。いや、どちらかと言うと優勢かもしれない。先ほどとは打って変わり、僕は少しずつ男を押し始める。


「マジかよ!!お前!!名前は!!」


両者が間合いをとり、荒く昂った息を整える。


「ジェームズ!」


「そうか、ジェームズ覚えておこう!!お前ほどの年でその強さ、賞賛に値する。オイラの名はジェイド・カタルスキー!!王国騎士団、である!!」


なるほどそれでこの強さ。納得がいった。しかし、ややこちらが優勢とはいえ戦況を打開する方法はいまだない。どうにかして勝機を見出さなければ自分の命を守るためにも。あの少女を守るためにも。


「ジェームズ。ここにいたのか。」


その悪感情しかないような冷めた声、重くまとわりつくような強大な存在感。男の顔が一気に恐怖に染まっていく。


そう。師匠だ。

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