第2話 男二人の生活

「結局顔も出せなかった……」


 帰宅した阿島あしまが、しょんぼりと肩を落として第三のビールを飲む。


「なぁ、みんな変わってた? おれのことなんか言ってた?」


 ローテーブルに半額の総菜を並べ、「今日はもう飲むからな」とリンゴ味のチューハイも置いている。給料日前だというのに大丈夫なのだろうか。


「そんなに変わってなかったぞ。だって卒業して……六年だろ? 女子はちょっと派手になった子がいたくらいで……、あぁ、三崎と田丸が結婚してたわ」

「ウワー、マジかよ。あいつら何、別れてなかったんだ。っがぁ!」

「ああ違う違う。俺の言い方が悪かった。それぞれ別の人と結婚してた、ってこと」

「なぁんだ」


 三崎健司と田丸桃花は、クラスでも評判のラブラブカップルだった。卒業したら結婚するのだと常に豪語していたが、大学に進学し、遠距離になったところで別れたらしい。物理的な距離は心の距離だったというわけである。


「そんで、阿島については、まぁ、何というか」

「何だよ、もったいぶんなって。実は私、阿島君のこと狙ってたんだー、とか、そういうのあったんだろ? なぁ、おい」


 そうだと言ってくれよぉ、矢沢さん辺りがさぁ、などとクダを巻く阿島は大変面倒臭い。


「いや、悪いけど、そういうんじゃなくて、まぁ、だ」

 

 ため息混じりにそう言うと、阿島は、あぁ、と深く息を吐き、あきらめたような声で「やっぱりか」と頭を垂れる。


「やっぱりいい年した男が二人で住むってのは、そう思われても仕方ないのかなぁ」


 もう慣れたけどさ、などと言って、力なく笑う。

 

 今日はもう飲まないでおこうかと思ったが、一人酒は可哀相だ。そう思って立ち上がり、冷蔵庫に向かう。


「何、どした?」

「俺も飲む」

高月たかつきは飲んで来ただろ」

「飲んで来たけど、一人酒って何か侘しくね? 俺は明日休みだしさ」

「明日休みなのに二次会行かなかったのかよ」

「いつも言ってるだろ、二次会の雰囲気が嫌だって」

「知ってるけどさ」

「それを言うなら阿島だって二次会から行けば良かったじゃん」

「嫌だよ、二次会からなんて。何かアウェー感があるじゃんか」

「お前それいつも言うよな」


 今回のに限らず、俺達は二次会が苦手だ。結婚式の二次会も何だかんだと理由をつけて帰ったりする。そんなところも気が合う。


「いや、しかしさぁ」


 そう言いながら第三のビールを飲む。さっき生ビールを飲んでしまったから、どうしても安物感が否めない。


「何だよ」

「周りがどんどん結婚してきたな、って」

「あぁー、わかる。ウチの職場の人も言ってた。いまラッシュなんだよなぁって」

「同年代?」

「一個上」

「最近じゃ親からも言われるもんな、『アンタちょっといい人いないの?』って」

「わかる。おれも」


 実家からかかってくる電話というのは大抵の場合、いついつに荷物を送るよ、という有り難い内容なのだが、ここ最近ではその「アンタちょっといい人いないの?」がプラスされるようになってきたのだ。


「親戚の何々ちゃんが結婚したとか、お向かいの娘さんが里帰り出産してるとかさ、そういうのが結構あるみたいでさぁ」

「あー、ウチはさ、兄貴が二人ともこれくらいで結婚してるから、『のぞむもそろそろでしょ?』みたいなノリで来る」

「うわぁ、前例があるとキツいな」


 そういう意味では、弟も未婚のウチはまだ良い方なのかもしれない。


 いや、俺が前例を作る側なのか、この場合。


 

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