第10話

「……私に根を持つのは結構だけど、第三者を巻き込むのは止めてもらえるかしら、ギルベイン」


「はっ、何のことだかわからないね。私はただ、ギルドの規律を守っているに過ぎない」


 ギルベインさんは、ロゼッタさんの言葉を鼻で笑う。

 どうやら二人の間に因縁があるようだ。


「だが、そうだね……実力ある者に、適切な等級を与えるよう尽力するのもまたギルド職員の使命……。そこまで言うのならば、この私が、君達のために、機会を作ってあげようじゃないか」


 ギルベインさんはニマリと笑い、そう口にした。


「わざわざ僕なんかのために、ありがとうございます、ギルベインさん……!」


「だからアイツ、そういう殊勝な奴じゃないわよ」


 僕の言葉に、すかさずロゼッタさんがそう返した。


「なんだか調子が狂うな、君……。ま、まぁ、いい」


 ギルベインさんは忌々しげに鼻の頭を押さえた後、言葉を続ける。


「ギルド職員になった冒険者の仕事の一つに、大人数依頼レイドクエストの監督がある。F級冒険者とて、付き添いの上級冒険者さえいればレイドへの参加が認められている。私の監督するレイドへ参加したまえ、そこで見極めてやろうじゃないか。そこで冒険者としての技術……そして心構えができていれば、E級冒険者として認めてあげよう」


「……要するに、私をこき使って、諂わせようって算段?」


「ハッ、人聞きが悪いねぇ、ロゼッタ。これは私からの善意だよ。ただ、私も人間だ。付き添いの冒険者の態度が悪いと、私も真っ当な判断を下せなくなってしまうかもしれないねぇ」


 ギルベインさんは大袈裟に肩を竦める。


「依頼は明日に北の森にて行われる、ゴブリンの集落狩りだ。ま……参加するなら、ロゼッタが受注して、そっちのガキを連れてきたまえ。私を認めさせることができないと思うのであれば、諦めてF級冒険者として登録しておくことだね」


 そう言うと、高笑いをしながら僕達の前から去っていった。


『……マルクの実力を認めるつもりなど、毛頭なさそうな様子であったな』


 ネロが呆れたように口にする。


「ギルベイン……元、私の仲間なのよ。私は各地を旅したかったけど、あいつは安定を求めて都市から動きたがらなかったの。職員になったってことは、パーティーを解散してから上手くいかなかったんでしょうね。巻き込んで悪かったわ」


 ロゼッタさんが深く溜め息を吐く。


『典型的な逆恨みではないか……』


「別に、そう悪い人には見えませんでしたけれど……」


『マルクよ、もう少し悪意に敏感になった方がよいぞ。そなたは人が良すぎるのだ』


 そ、そうなのかな……。


「散々私達をこき使ってから、難癖を付けて不合格を出して小馬鹿にするつもりでしょうね」


「すみません、ロゼッタさん……。職員内では、冒険者経験のある方の発言力が大きくて……ギルベインさんが判断を下した以上、口出しするのは少し難しい構造になっているんです」


 受付嬢が僕達にペコペコと頭を下げる。

 ふとそこで、僕は冒険者ギルドにやって来た、第一の目的を思い出した。


「あ……そうです! 魔物の亡骸の換金をお願いします」


「ええ、構いませんよ!」


 僕は指輪にマナを込めて〈亜空収納〉を行い、光の渦を展開する。


「お、おい、あのガキ、物騒な光を展開してやがるぞ!?」

「〈亜空収納〉か……? いや、規模が明らかにおかしい!」


 ギルド内が騒めき出す。

 目前の受付嬢も、光を目にして、段々と顔が引き攣ってきていた。


 僕は光の中に手を突き入れ、ロック鳥の亡骸を引っ張り出す。

 巨大な鳥の亡骸に、一瞬ギルド内が、しんと静まり返った。


「ど、どちらでこれを……?」


「道中で倒したんです」


 僕が答えると、再びギルド内が大騒ぎになった。


「ロ、ロック鳥なのか!? B級の魔物じゃないか!?」

「さすがに有り得ねえぞ! あんな、武器も持っていない、ひょろっちい子供が、いったいどうやったっていうんだよ!」

「だが、あれだけ巨大な〈亜空収納〉を展開できる奴なら、おかしくはないぞ!」


 受付嬢は、魂の抜けたような顔で、茫然とロック鳥を見つめている。


「あ……すみません。ここで出したら、他の人の邪魔ですよね……」


「そ、それはいいのですが……は、はい。す、すぐに換金いたしますね」


 受付嬢はドタバタとギルドの奥へと駆けていく。

 よっぽど慌てていたらしく、大きく転倒した音が響いてきた。


 僕は騒然となるギルド内を、盗み見るように見回す。

 人前に出たことはないので、なんだか居心地が悪かった。


「あの……ロゼッタさん。今の、何か不味かったですか?」


「……まあ、あなたなら難癖の付けようもないでしょう。レイドでギルベインがどんな顔をするのか、今から楽しみにしておいてあげましょうか」


 ロゼッタさんはそう言いながら、溜め息を吐いた。

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