大精霊の契約者~邪神の供物、最強の冒険者へ至る~

猫子

第1話

「両親の命を奪って生まれた、悪魔の子だ!」

「災いを呼ぶ前に殺してしまえ!」


 村の大人達は、生れ落ちたばかりの赤子――マルクを、そう罵った。


 マルクの父は彼が生まれる前に魔獣の討伐で命を落とし、マルクの母もまた難産のために彼の出産の際に命を落としてしまった。

 そして何より、マルクは村で『災禍を招く忌み子である』と言い伝えられている、白い髪を有していた。


「白髪の赤子は、生まれ持ったマナの量が多いという。悪魔の子ならば、邪神にも好かれようて」


 長老のこの一言で、マルクの運命が決定されることになった。


 村にはある伝承があった。

 百年に一度、星辰の導きにより、村の近くの山奥が異界へと繋がる。

 そのときにマナの多い人間を供物として捧げなければ、邪神の怒りを買い、王国全土に大いなる災いが降り注ぐであろう、と。


 両親が死んでおり、本人も村で不吉とされる白髪であるマルクは、都合・・がよかった。



 マルクは村外れのあばら家で育てられることとなり――そうして、十四年の歳月が流れた。





「マルク、付いてくるがよい。今よりお前を、古の神の怒りを鎮めるための生贄として捧げるため、祭壇へと向かう」


 僕が十四歳になったあくる日のこと……長老様が村の自警隊を伴って、僕の許へと現れた。


「……はい」


 僕は静かに、頭を下げた。


 逆らうつもりはなかった。

 僕はこの日のためだけに十四年間生かされてきたのだ。

 両親の命を奪い、忌み子として生まれた僕が、初めて人の役に立てることだった。



 長老様は護衛の自警隊と、儀式のための魔術師を伴い、僕を連れて山を昇った。

 洞窟の中にある祭壇には、儀式の準備なのか、魔獣の木乃伊が並べられている。


 僕は魔術師に命じられ、大きな魔法陣の中心へと座った。


「これで、悪魔の子も……今代の生贄問題も解決できる。縁起がいいですね、長老様」


 魔術師の男が、笑って口にする。

 長老様は彼の言葉には答えず、じっと僕を見つめていた。


「長老様……?」


「……生贄問題は集落に影を落とす。都合よくマナに恵まれた罪人が手に入ることはない。身内から生贄を出したという事実は、長きに渡り禍根を残し……やがて、対立と諍いを生む。儂は村を導く立場として……マルク、幼いお前ひとりに、村の因縁を押し付けることしかできなかった」


 長老様は、じっと僕を見つめながら、震える声を絞り出すようにそう口にした。

 それからそっと、細い腕で、僕の身体を抱き締めた。


「すまない……すまない……。マルク、お前の父もまた、両親がおらず……儂は、あやつの親代わりであった。だというのに儂は、お前に肩入れしてやれず……村の風習を選び、お前を犠牲にすることを選んだのだ……!」


 周りの大人達が、動揺した素振りで長老様へと駆け寄る。


「ちょ、長老様! どうなされたのですか!」

「今、悪魔の子に近づかれては、邪神への供物へ巻き込まれます!」


 大人達が、長老様を僕から引き離す。


 丁度そのとき、魔法陣が光を帯び始めた。

 僕はこれから、邪神の許へと送られるのだろう。


「……僕が幼い頃、長老様が魔法で声を届け……妖精の振りをして話し相手になってくれていたこと、知っていました。だから僕はこれまで……一人じゃないって、そう思えました」


「マルクッ……! や、やはり儂には、お主を生贄にすることは……!」


 長老様は他の大人達に取り押さえられながらも、僕へと真っ直ぐに手を伸ばした。


「……十四年間、お世話になりました」


 その途端、視界が歪み、明滅し――気が付けば僕は、赤黒い沼地に立っていた。



「ここは……」


 空は赤紫の妖しげな輝きを帯びており、不吉に渦巻く雲は悪魔の顔にも見えた。


 ここが邪神の住まう異界なのだ。

 僕はここで邪神に魂を貪られ……供物として、命を落とす。


『来たか……人の子よ。百年前は盟約が破られた故、我は怒りに満ちておるぞ』


 恐ろしい、人外の声が響く。

 目前の空間が歪み、ソレ・・は現れた。


 視界を埋め尽くさんがばかりの、巨大な化け物だった。


 全体の輪郭としては狼に似た形をしていたが、体表が裏返されているかのような、不気味な肉塊のようだった。

 全身から伸びる、植物とも動物のものとも区別のつかない無数の触手が、ゆらり、ゆらりと揺らぐ。

 目はなく、大きな口には夥しい数の牙が並んでいる。


 覚悟を決めたつもりだった。

 だが、想像を遥かに絶する恐ろしい威容を前に、僕の覚悟は呆気なく崩れ落ちていた。


「ひっ……!」


 恐怖で足の震えが止まらず、その場にしゃがみ込んでしまった。

 抑えようもなく、瞳の奥から涙が溢れてくる。


 化け物は、その大きな顔を、勢いよく僕へと近づける。

 食べるのならば、いっそ姿を見せる前に、ひと思いにしてくれればよかったのに。


『足が疲れておったようだな。ささ、座るがよいニンゲンよ。二百年も間が開いてしまった故、すっかり退屈しておったぞ! 何をして遊ぶ?』


 化け物は巨大な尾をぶんぶんと振るいながら、僕へとそう問いかけてきた。


「……うん?」


『前のニンゲンから、球状のものを蹴り合って遊ぶ遊戯があると聞いてな! 向こうに切り出した、球状の岩塊があるのだが……!』


「あ、あの、ちょっと待ってください」


 状況に理解が追い付かない。

 手を上げて、化け物の言葉を遮った。


『む? おお、ニンゲンは喉が渇くのが早いのだった。二百年間、我がこし続けてきた沼の水がある。取りに向かって……』


「あの、僕を食べるんじゃ……」


『うむ?』


 化け物は僕の言葉に、首を傾げる。


『何それ、怖……』


「えっ」


『そもそも、なぜ我が、百年待ってわざわざ自身の千分の一以下の動物の肉を……?』


「えっ」


 どうやら……邪神と人間の間に、とんでもない齟齬が生じていたようであった。

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