第810話 黄金に魅入られた者たち(7) 

「どうしてですか?」


 まず疑問を呈したのは純也であった。

 その質問を聞いた風祭警視は口を開く。


「そうですね。民間人がいる中で、我々だけが脱出するのは問題があるという点です」

「民間人って……」


 純也は顔を顰める。

 

「我々と言葉を交わし、敵対するような様子が見られない。その中で、何か問題が起きるかも知れないという可能性があるのに、見捨てて島外に出ていくのは、日本国民を守る使命がある警察官としては問題なのです」

「まずは外部と連絡をとることが先決なのでは?」

「……」


 無言になる純也の表情を見た竜道寺は、「それでは風祭警視」と、彼女に語りかける。


「何でしょうか? 竜道寺さん」

「ここは、私が残ります。ですから峯山君とSATの方々は、一度、島外に出るというのはどうでしょう?」


 竜道寺の提案に、風祭警視が眉間に皺を寄せた。


「それは、私たちが信用できないという事ですか?」


 風祭の言に竜道寺は首を左右に振る。


「そうではありません。今後のことを踏まえてという事です」

「それはどういう意味でしょうか?」

「何か問題が起きれば、私や風祭警視は警察官という身分ですから、問題はありません。ただ、峯山君に関して彼は高校生です。その立場は神社庁から保証されているとは言え、警察官ではない以上、我々が守る義務がある日本国民です。その彼を、何か問題が起きるかも知れない島内に残しておくのは問題だと私は思っています」

「……たしかに、そうですね」


 風祭は、眉間に皺を寄せながらも竜道寺の意見に同意する。


「分かりました。それでは、SATチームの半分を桟橋に残した上で、竜道寺さんと峯山君は、外部と連絡を取るために一度、島から出るという事でどうでしょうか?」

「いえ。私としては、風祭さんとSAT全員、それと峯山君で島の外に出た方がいいと思います」

「――ッ!」


 竜道寺の言い分に、風祭の表情が険しくなる。


「それは、SATの実力を過小評価しているという事で?」


 戦力外通告をされたに等しい事に気が付いた風祭警視は声を荒げる。

 体に纏っている空気も、剣呑としていたが――、


「過小評価というか、何が起きるか分からない以上、ある程度は対処が可能な人間が残った方がいいという判断です。それに、民間人である峯山君を無事に島の外に連れて行くのは、SAT隊員である前に警察官としては当たり前の仕事ではありませんか?」

「それなら船の運航を行う海上警備隊と貴女だけでいいのではありませんか? 我々、SATは重火器で武装していますし素手のままの貴女よりも何かあった場合の対処は出来るはずですし、それなりの訓練も受けています」


 二人の言い合いを見ていた純也は肩を落とす。


「あの……、俺としては桔梗さんに現状を報告した方がいいと思っているんですが……」

「桔梗? ああ、あの巫女服を着た女性ですか……」


 純也の言に、一瞬思考を巡らす風祭は、桔梗という名前を心の中で反芻したあと、一人の大和撫子のような女性を思いだして、反応する。


「はい。桔梗さんなら、現在、何が起きているのか分かるはずですから」

「そういえば天野さんは、峯山君と同じ神社庁の人間だったんですよね?」

「いえ。桔梗さんは、どっちかと言えば竜道寺さんと同じ部署のような気がしますが……」

「――?」


 竜道寺が首を傾げる。


「それは、陰陽庁に所属しているという事ですか?」


 桂木優斗から天野桔梗に関しての情報をまったく聞いてない竜道寺は、そう聞き返す他ない。


「どうですかね? 優斗と、戦って負けたとしか聞いていませんが……」

「師匠とですか……。そうなると、どうしたものか。ですが、師匠と戦って生きているという事は、かなり強いってことですよね」

「俺よりも数倍は強いですね」

「なるほど……」

「なので、島を出て桔梗さんと連絡を取るのがベストだと俺は思いますが」


 純也の言葉に、黙って純也と竜道寺の話を聞いていた風祭警視が「では、峯山君は島から出て桔梗さんと合流してください。そして、今後の対応の協議をお願いします」と、純也と、竜道寺を見て話す。


「分かりました。では日の出と共に、一度、島の外に出ます」


 そう語り頷く純也。

 そんな純也の様子に満足そうに頷く風祭警視。

 そして風祭は竜道寺の方を見る。


「竜道寺さん。貴女は、桂木優斗警視監と連絡を取ってください。陰陽庁と神社庁で互いに何が出来るのか連携はどうするのか? 今後、どういう方針で動くのか? ということのすり合わせをお願いします」


そう風祭の指示に竜道寺は頷くこともなく「では、一度、桟橋にいるメンバーだけで島外に出る形で?」と、疑問を口にする。


「いえ。桟橋と残った船一隻の警護は、今桟橋に残っている全てのSATメンバーで行います。島民の方は、竜道寺さんの話が本当でしたら何の問題ないと思いますから」

「分かりました」


 日が昇るまで、残り数時間という事もあり時間も殆ど残されていない。

 そんな中で、これ以上は会話をしても良策は出ないということで、竜道寺は頷く。

 しばらくして、日が昇る時間まで10分ほどまで時刻が進んだところで、竜道寺と純也と海上保安部が乗った船は桟橋から離れていく。

 そして、島から徐々に離れていく光景を純也と竜道寺は視界におさめていたところで、海上保安部の船が下から突き上げられたかのように揺れる。


「――なっ! 何が!?」

「どうしたの!?」


 純也の声の後に、竜道寺の困惑した声が重なる。

 そして、船は上空100メートルの高さまで吹き飛ぶ。

 強烈な上昇負荷に見舞われた海上保安部の総舵手と純也は船にしがみ付くことしかできない。

 そのまま、船は落下し海に叩きつけられて船舶は破損する。

 尋常ではな揺れの中で、すぐに純也は身体強化を行った上で周囲を見渡しながら、横に立っていた竜道寺に視線を向けた。

 彼女は身体強化を行うこともなく船の上に悠然と佇んでおり、その彼女の視線の先には――、


「大きいタコ?」


 その竜道寺の視線の先には、巨大なタコが存在していた。

大きさは遠近感がバグるほどの大きさ。

10本近い超巨大なタコの触手などは、1本ですら高松海上保安部の350トン型巡視船である『いぶき』を持ち上げるほどが出来るほどであった。


「どうやら、私たちを島の外には出したくないみたいね」

「この方が、俺としては対処がしやすいですね」


 竜道寺の意見に、純也は頷く。




 



 


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