第744話 桂木優斗という人物 村瀬Side(5)

 ――目が覚めたあと、桂木優斗という少年から声をかけられた。

 だが、私の心境としては理解できない存在ということが確定した時点で、既に恐怖の対象となりつつあったために、思わず突き放すような素振りと態度を取ってしまっていた。

 

「私は何をしているのだろうか……」


 千葉県警察本部の喫煙所でタバコを吸いながらため息をついていると、自販機コーナーでもあった場所に神谷警視長が姿を見せた。

 その後ろには、竜道寺警視も付き添っている。


「あら? 村瀬君。顔色が悪いようだけど大丈夫なの?」


 そう神谷警視長が、私に話しかけてきた。

 とりあえず、私の体調が悪いことに関してだけは下手に誤魔化すのは止めておいた方がいいだろう。

 どうせ部下が何人も私の失態を見ていたのだ。

 遅かれ早かれ情報は共有されるモノと心得た方がいい。

 それなら正直に話して此方の心象を良くしていた方がいいだろう。


「じつは、竜道寺警視が御屋形様の弟子になったと聞いたので、私も弟子にしてもらおうと思ったのですが……」

「――え!?」


 途中まで言いかけたところで竜道寺警視が慌てた様子で「――え!?」と、驚いた表情をして私の二の腕を掴んできた。


「止めたほうがいいですよ!」


 そして、そんなことを口にしてきた。


「ええ。分かっています」

「そうですか……。ほんと大変ですよね……。いきなり肉体の感度100倍とか……」

「ああ。竜道寺警視も、そんなことをされたのですか?」


 どうやら、竜道寺警視も同じようなことをされたらしい。

 

「――ですが、竜道寺警視は耐えることは出来たのですよね?」

「まぁ……何とか……」


 なるほど……。

 何となく理解できてきた。

 陰陽師や霊能力者などは、常人よりも霊に対して鋭いアンテナを常時張っていることが多い。

 そんな中で肉体の感度100倍とかにされたら、それは耐えるのは大変だろう。

 だが、何の才能もない凡人ならば、ギリギリ耐えられるかも知れない。

 つまり、桂木優斗少年が私に無理だといったのは才能があるから修行には耐えられないから、断ったと――、そういう意味だったのか……。

 そう思うと、ある程度は自分自身を納得させる口実を得て心が軽くなった。


「でも、師匠の修行はヤバいですからね」

「ヤバいとは?」

「だって、肉体の感度が100倍になっている時点で殺してきますから。ほんと、肉体の神経が剥き出しになっている状態で銃弾をぶち込まれて体に穴が開いたり、首ちょんぱされたり、両腕を吹き飛ばさたり、何万回も殺されたりしましたから」

「――は?」


 コイツは……、何を言っているんだ?


 思わず敬語すら忘れて、気が付けば心の中で突っ込みを入れていた。

 肉体の感度が100倍の状態で殺されるほどの肉体的損傷を受けたというのなら、その激痛はどれほどのものなのか……、この目の前の竜道寺警視は理解しているのか?


「あれ? 師匠に修行が始まる前の予行演習みたいなのを受けたのでは?」

「――いや。感度100倍だけだと思いますが……」


 思わず問われたことに反応するだけで精一杯で、口調が乱れた。


「そうなのですか。それは良かったですね!」


 笑顔を向けられたことに立ち眩みがした。


「あの竜道寺警視」

「はい?」

「竜道寺警視は、修行のために桂木警視監から……殺されたということですか?」

「そうですね」

「――ですが、五体満足のようですが……」


 男の体から女の体になった以外では――。


「その辺は師匠が修復してくれましたので」

「そうなると本当に修行中に不慮の事故で死んだことがあると?」

「えっと……。それだと語弊があると思います。普通に師匠は、私の立ち回りが下手だと殺してきます。死んで覚えろ! とか、言っていました」

「え? は? 死んで覚えろ? ですか?」

「はい。私には才能がないので、才能がある人に追いつくためには、死ぬ覚悟で修行してようやくギリギリだと」

「(冗談だろう?)」


 だが、嘘を言っているようには見えない。


「あ、あの……竜道寺警視」

「はい」

「桂木警視監に殺されたと言われましたが、その大丈夫ですか? 後遺症とか――」


 PTSD――、主に過去のトラウマともいえるものから来る後遺症。

 本当に殺されたのなら、普通は精神崩壊してもおかしくはないはず。


「師匠曰く、弟子に人権はない。死んでも死なないから安心して死ね! 安心して死ねると思うな。精神に異常を引き起こして精神崩壊したら記憶を修復してやる! と、言われましたので大丈夫でした」


 私は思わずドン引きする。

 もちろん、神谷警視長も凍り付いたように苦笑いしかしてない。


「そ、それは……本当にあったことで……」

「はい!」


 ニコリと天使のように微笑んでくる竜道寺警視。

 そんな笑顔を見ながら、私は理解した。

 師匠も師匠なら弟子も弟子だと!

 それと同時にようやく悟った。

 神の気を羨ましがっていたが手に入れるためには、狂気にも近い精神性が必要だということに。




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