第728話 まずは軽いウォーミングアップからだな(3) 第三者Side

 ――修行開始2日目の夜、桂木優斗が建築した家のリビングでは台所で伊邪那美命が食事を作っていた。


「伊邪那美さん」


 台所に立って料理をしていた伊邪那美に、椅子に座ってテーブルに肘をついていた竜道寺が話しかけた。


「なんじゃ?」

「師匠は、あのあと、休息だって言っていたけど……、本当に休息で良かったんでしょうか?」


 少し思いつめた顔をした竜道寺が伊邪那美に尋ねる。


「ふむ」


 小さく頷く伊邪那美。

 彼女は、作っていたレバニラ炒めを更に盛り付けると数品の煮込み料理に、お味噌汁とご飯をテーブルの上に並べていくと、口を開く。


「そうじゃな。すでに、お主の魂は消耗著しい状態であったからのう。それを、桂木に伝えて休息が必要だと進言したのは妾じゃ」

「伊邪那美さんが?」

「うむ」

「――でも、俺……、こんなことで強くなれるとは思えないんですが……」

「まぁ、まだ2日目であろう? 人間は、そんなに早く強くはなれぬ」

「はぁ」


 竜道寺は、伊邪那美の励ましに生返事を返す。

 

「それとも桂木のように強くなりたいか?」

「……」


 その言葉に眉間に皺を寄せる竜道寺。

 そんな竜道寺の様子を見て、伊邪那美は箸を手に取ると、その箸を竜道寺に差し出した。


「ありがとうございます」

「よい。まずは食事を摂り、よく寝て、英気を養うことじゃ。体を痛めつけて魂を消耗する修行なぞ人間が行っていい事ではないからのう」

「ですが、師匠は――」

「あれと同じになりたいという考えは捨ておけ」

「俺じゃ届かないと?」


 竜道寺の悲痛な声色に伊邪那美は溜息をつくとジッと竜道寺を見つめる。


「届く届かないの話ではない」

「――え?」

「あれは、一種の呪いみたいなモノじゃからのう。そんなモノを人間が許容できてもしてはならぬものじゃ」

「どういうことですか?」


 伊邪那美が口にした言葉に疑問が浮かんだ竜道寺は問いかけた。


「あれはな。蟲毒と同じなんじゃよ」

「蟲毒……、たしか虫を一つの壺に入れて強い毒を作り出すとか、そんな感じでしたよね?」

「うむ。じゃが、あれは比較にもならぬほどのモノじゃ。だから、あの男の強さを追い求めてはならぬ(人の身では、あの領域に立つことは無理じゃがな)」

「そうですか……」

「まぁ、それよりもお主は、食事をしたあと睡眠をとれ」

「分かりました」


 竜道寺が食事を始めたのを見ながら伊邪那美は微笑む。


「なんだか伊邪那美さんって、お母さんみたいですね」

「何を言っておる。妾によって伊邪那岐が作り出した大和に住む日本人は須らく妾の子らでもある。つまり、妾は汝ら大和民族の母でもあるのじゃぞ?」

「そんな話は聞いたことないです。日本神話では、伊邪那美さんは、もっと怖い神様のような書かれ方をしていたので」

「それは、伊邪那岐が約束を破ったからじゃな」

「そうなんですか……」

「うむ」


 竜道寺の質問に答えたところで、伊邪那美はリビングの外へと通じる大きな窓へと視線を向ける。

 彼女の視線の先には、桂木優斗が座っていたが――、


「(あれと同じか……)」


 伊邪那美の視線の先には、夜よりも深く――、闇よりも暗い――、絶望すら生ぬるい――負の存在があった。

それは神々ですら、その本質に触れようとすれば発狂し存在が食い尽くされる程。

 

――否。


存在どころか起源、意味、概念と言ったモノですら存在を許さない圧倒的なまでの滅び。 


「(あれは一体、どれほどの地獄を見てきたのであろうな)」


 そう伊邪那美は一人、心の中で吐露した。

 




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