第633話 神楽坂修二 第三者Side(2)
「もう少し大局的に物事を見てもらいたいものだ。君は、自分の置かれている立場を本当に理解しているのかね?」
「どういう意味だ?」
「言葉のとおりだ。先ほどから私は何度も説明しているではないか? 今の日本国を守る為には、桂木優斗という超常的存在が必要不可欠だと」
「日米安全保障条約があるではないか」
「やれやれ――」
夏目が溜息をつく。
そして――、次の瞬間には右手に真新しいグラスを手にしていた。
それを見て神楽坂修二は目を大きく見開く。
ずっと注意して目の前の日本国総理大臣である夏目を修二は見ていた。
――と、言うのに次ぎの瞬間にはフレームを飛ばしたかのように、目の前の夏目という日本国首相は、空のグラスを手にしていたからだ。
何が起きたのか分からず、それでも得体の知れない存在だという事は一般人である神楽坂修二でも理解は出来てしまった。
「君は、彼が日本国を守る必要があるキーを捨てようとしているのだよ? それを、日本国総理大臣である私が許容するとでも思っているのかね?」
「それは、先ほどから語っている娘を守るためと言う理由ですか?」
「端的に言うとそうだね」
「それこそ買いかぶりでは? それに桂木少年が、エレベータ―事件に関わっているという事も、総理からの出まかせでは?」
「やれやれ。どうも、君は人の話を聞かないきらいがあるようだね」
新しいグラスにワインを注ぎ口に含んだあと、味と香りを楽しむかのように嚥下した夏目は、外の景色を見ながら唇をうごかす。
「先ほど、君は日米安保条約があると言ったな?」
「言いましたが?」
「ふむ。少し考えてくれたまえ。日米安保条約が、日本を守った実績などあったかね?」
「それは……、常にあったかと。覇権主義を唱える中国やロシアを牽制して――」
そこまで修二が答えたところで、トン! と、軽い音を立てて夏目がグラスをテーブルの上に置く。
「竹島を韓国に不法占拠されて、北方領土や樺太をロシアに実質的に占領されて、尖閣諸島の付近では、中国の軍船が無断に侵入し、日本の漁師を脅し拿捕し、不当に金品を得るばかりか日本の領海内で、無許可で採掘をされているのに?」
吐き捨てるように夏目はありのままの事実を口にする。
「それは、日本国政府が声明を出さない――、自衛隊を動かさないからでは?」
「そう。それは一面にあるね」
修二の言葉に、夏目総理は、地表から100メートルの高さから見える夜景を見ながら肯定した。
あまりにも、あっさりと肯定したことに修二は、自身の会話が日本国総理大臣の言葉に引き出されている事に気が付きつつも動向を注視することしかできない。
「――だけどね。それじゃ国は守れないんだよね。私は、日本国首相として日本人の財産と人権と様々な権利を守る義務を背負っている」
「そのために、娘を犠牲にしようと?」
「第三者から見れば、そうなってしまうかも知れない。だが、肝心の本人の心はどうかね?」
「――と、言いますと?」
「君も分からなくはないだろう? 年頃の娘が男を自宅に連れ込んでいるという事実が、どういう事なのか? と、言う事くらいは――」
「――ッ」
まるで神楽坂家と、桂木家がどのような間柄なのか――、どういう付き合いをしているのかを知っているかのような素振りを見せる夏目一元に、神楽坂修二は、小さく舌打ちをする。
――が、夏目首相のけだるそうな表情は外の景色を見たまま動かない。
「君が否定したところで神楽坂都君は、桂木優斗君に好意を持っているという事くらいは、報告書を読めば分かる。だから、私は静観していたのだよ」
そこで、ようやく夏目一元が視線を神楽坂修二に向けた。
「そう――、静観していた。下手に、こちらがリアクションを起こして彼に気取られるのは不味いからね」
「それは、桂木優斗君に――」
「そう。彼は、強い。たった一人で世界の全ての軍事力を相手にしても勝てるくらいにね」
「……そこまで」
「そう。だから、静観する以外はなかったんだよ。君が、余計なことを仕出かせなければね」
「……つまり、私が桂木優斗君を焚きつけたから」
「正解だ。この国を、守る事が出来るのは米軍なんかではない。最大の戦力――、自国の人間として無条件に近い形で戦ってくれる彼だからこそ必要なのだ」
「それは桂木優斗君を兵器として使おうという事と同義なのでは?」
「失礼だな。君は……。私は、あくまでも神楽坂都君を守るために自主的に彼が動いてくれる場面を作り出す必要があると言っているのだ。なのに、君は、その大前提である神楽坂都君と、桂木優斗君との繋がりを絶とうとしている」
「……総理は、日米安保条約が使い物にならないから、代わりに神の力を得た桂木優斗君を軍事転用しようと考えて――」
「結論から言うとそうなってしまうが、彼がそれで良いと――、いまの待遇で良いと思ってくれているのだから、それはそれでいいのではないのかね?」
「人一人に、国の命運を左右するほどの重責を! あんたは!」
「ああ。背負わせるよ。日本国総理大臣だって同じようなモノだからね。――それに、彼は、私が驚くほど精神的に成熟している。何しろ1億人以上もの中国人を殺しても平然と普段どおりの私生活を送れるのだから。どれだけの異常者だと勘繰りたくなるものだ」
「……異常者……ですか……」
「すまないね。本来なら守るはずの自国民を指す言葉ではなかったね。気分を害してしまったのなら謝罪をしよう。だが、よく考えてほしい。ほぼノーコストで、大都市を瞬時に破壊出来るほどの力を持った自国民が居るということを。そして、その力があるからこそ、日本は平和を享受できるようになるということを。1億2000万人……。それだけの国民を、桂木優斗君に、たった一人の自由を捧げるだけで救えるのだ。それは、とても良いことだとは思わないかね?」
「……あんたは!」
ガタッと、椅子から立ち上がる神楽坂修二は、日本国総理大臣のスーツ――、襟に手を伸ばすが、その次の瞬間には神楽坂修二の視界は唐突に横向きになり――、ドッと! 軽い音が鼓膜を揺さぶり、遅れてドサッと重い音と共に何かが床の上に崩れる音が、狭まりゆく意識と景色の中で、神楽坂修二の耳に聞こえてきた。
「まったく――。一代で大企業を築き上げた傑物だと聞いていたから、こちらに引き込めるのかと期待して話をしたというのに……。まぁ、自身の愛娘を犠牲にしたくないという親心は嫌いではないがね……。君が居ると、日本の国家防衛に問題が生じるのだよ。だから――」
夏目一元は、視界に表示されているカーソルを動かす。
「魂砕き(ソウルクラッシュ)」
小さく言葉を呟くと、夏目の右手には黒く光る漆黒の大剣(グレートソード)が出現する。
そして、その切っ先を修二の体に向けて振り下ろした。
「総理」
「ああ、ご苦労さん。関係者は?」
「本日、出勤しているホールスタッフ並びに料理人を含めて、この階の人間は、既に処分してあります」
「そうか。――なら、あとは、分かっているね?」
「はっ! 爆破処理を致します」
「くれぐれも、我々が関与していることは疑われないように」
「分かっております」
黒い服装――、軍服を着た男達が展望レストランの至るところに機器を設置していく。
それを一瞥したあと、感心を失ったかのように無表情となった夏目一元は、
「さて、魂狩りをしておかないと、彼が生き返らせたら困るからね」
――と、独り言のように呟くと、長さ2メートルほどの漆黒の大剣を片手で持ち上げながら、その場を後にした。
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