第612話 第三者Side

「はい」


 紫のローブを身に纏い、恭しく伊邪那美に頭を下げるリッチ。

 その様子を見ていた伊邪那美は一度、目を閉じたあと深く溜息をつく。


「――で、そちらの要望に応えない場合、実力行使も辞さないということかの?」


 その伊邪那美の言葉に、一瞬にして事務所の空気が緊張感に包まれるが、リッチであるステイは、頭を垂れたまま。

 そんな中で引きだしから拳銃を取り出そうとする素振りを見せた山崎に対して伊邪那美が手を伸ばし静止する。

 拳銃では、目の前のリッチを倒す事は絶対にできないと伊邪那美が判断したからであった。

 

「なるほど……。――で、貴様は、今現在起きている問題に対して、我らが関与しないと言えば去るのか?」

「もちろんです。ただ……」

「まだあるのか?」

「桂木優斗という男には、魔王軍である私達が関与してきたということは黙っていて欲しいのです」

「あの男に?」


 眉間に皺をよせる伊邪那美。


「はい」

「……はい、そうですか? と、神たる妾が自身の意思を曲げるとでも? 承諾するとでも思っておるのか?」

「思っております」

「ほう……」

「我々、魔王軍とあなた達、本当の神々の目指すところは同じですから」


 そのステイのモノを含んだ言い回しに、端麗な眉をピクリを動かす伊邪那美。


「よかろう。今回の問題に関しては妾は関与しないと約束しよう」

「ありがたく存じます。我らが四天王イシス様もお喜びになるでしょう。それでは、魔王軍が、今回の出来事に関して関与してきたという事実に関しては努々、桂木優斗には伝えられぬように――」


 そう言い残すと、空間が歪み、リッチの姿が空間に掻き消えるように消失する。

 あとに事務所に残されたのは、伊邪那美と山崎だけ。

 先ほどまで痛いほど静かだった外からの音が聞こえるようになってきたところで、椅子にドカッ! と、座る音が室内に響き渡る。


「一体、何なんだ……。アイツは……」


 生死のプレッシャーを直接浴びていた山崎は何度か肩で息をすると顔を上げる。

 当然、山崎の視線の先には伊邪那美命が立っていた。


「なあ? 命」

「分かっておる。あれが何か? と、言うことじゃろう?」

「ああ。少なくとも、あれは妖怪の類じゃないよな?」

「そうじゃな」

「そっかー。それにしても、とんでもないプレッシャーだったな……。――なあ? 命。いいか?」

「なんじゃ?」

「よかったのか? 約束なんてして」

「仕方なかろう。あそこで約束せねば、儂らを殺してでも、関与しないようにしたであろうからな」

「それって……、神殺しってことか?」

「まぁ、そうじゃが……。簡単に言うのなら器を破壊するだけでも、妾の体は黄泉の国に戻るからのう」

「それじゃ俺はだったら……」

「何も考えずに殺していた可能性が高いのじゃ」

「はあー。命が軽いな。最近は――」

「もともと、この世界の人や動物、虫などの命は軽いモノじゃ。それに価値観を持たせたのは、愚行と言ってもよい。――じゃが……」

「口封じをした方が早いよな」

「うむ。まぁ、向こうも何かを考えているようじゃからのう」

「それって旦那のことか?」

「うむ。魔王軍と、桂木優斗。何かしらの因縁があるのやも知れんな」

 

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