第609話
「家畜に生み出された存在じゃと?」
ピクリと、端正な眉を震わせた白亜が、口を開く。
それと同時に、ティンダロスが振り下ろしたグレートアックスは、白亜の金属化した狐の尾によって受け止められた。
周囲に響き渡る金属音。
「――なっ!?」
「何を驚いておる? 知れ者めっ!」
白亜が体を回転させる。
それに伴って別の白亜の尾によってティンダロスの巨体は弾き飛ばされて、病院の駐車場へと落下し何台かの車を巻き添えにする。
下敷きになった車は次々と爆発し、炎と煙がティンダロスの姿を覆いつくす。
「それにしても……」
白亜は、そこで周囲を見渡す。
自分の足元――、正確には空中に浮かんでいた白亜の足元であったが、彼女の足元には千葉大学医学部付属病院であったが。
「結界か……。まったく、神社庁の連中は――」
まったく人の気配がしない。
そのことに気が付いた白亜は毒づく。
そして、これだけの戦闘で、まったく野次馬――、人間が出てこない事に彼女は納得する。
「おそらく、位相系の結界じゃな」
白亜は、一瞬でどのような結界が張られているのか看過する。
――その頃、結界の外では、何十人ものAランク霊能力者が、病院周辺を囲んでいた。
「住良木様! 結界の展開と配置が済みました!」
一人の神主の恰好をした霊能力者が、巫女服を着た住良木に報告をする。
「ご苦労様。それにしても――」
住良木は周囲を見渡し、歯ぎしりをする。
彼女の周囲には、何本もの木々が倒れる風景が視界内に収められていた。
それだけでなく、何台ものパトカーや、救急車が病院前に停まっており重病人から救急車に載せられ近くの緊急病院へと搬送されていく。
「こんなところで、戦いが始まるなんて……完全に後手に回っているわ。一体、何がどうなっているの?」
住良木が、神社庁の霊能力者から報告を受けたのは白亜の式神が破壊された直後であった。
念のためにと住良木の独断で神楽坂都が住まう邸宅周辺に配置していた霊能力者から報告を受けたからこそ迅速に対応が出来たに過ぎない。
それでも、現場への到着――、そして結界の為の龍脈の調整に霊力の同期などで時間がかかり、周辺に影響が出てしまっていた。
「住良木様」
そこで携帯で通信を行っていた霊能力者の男性が困惑した表情で住良木に話しかけた。
結界の維持だけで手いっぱいな住良木は余裕のない表情で
「何?」
短く答える。
「そ、それが……、奥の院からの報告で、結界の展開の許可はしてないと――」
「え? ……な、何を言っているの? それって、本当に奥の院からの?」
「は、はい。私にも分かりませんが、奥の院からの命令で、結界をすぐに解除して撤収するようにと――」
「正気なの!?」
思わず声を荒げる住良木。
天変地異を引き起こす事が出来る九尾と同等の力を有する白亜と、それと対等な戦闘を行う事が出来る異形の化物。
それを隔離せずに放置するなんて、住良木の常識からは理解はできなかった。
放置しておけば、どれだけの被害が出るか予想もつかない。
それが彼女の見解であり、奥の院からの命令に困惑している霊能力者たちも、住良木と同じ考えであった。
「それは、出来ないわ。私達、力ある者は力のない人を守る! それが責務だもの! それよりも桂木優斗さんに連絡をとって! 私は結界の維持だけで手いっぱいで身動きが取れないから!」
「分かりました」
すぐに携帯電話で桂木優斗に連絡をする男を横目に住良木は思考する。
一体、奥の院は――、姫巫女は何を考えているのかと。
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