第393話

 狼狽え狼狽する中年を無視して、俺は女を注視する。

 女の周囲には――、壁、天井、周辺に至るところまで――、狭い通路内に赤い血痕が撒き散らされて――飛び散っていた。

 それと共に、咽るような血の匂いと、女の足元に転がっている肉片。


「――ど、どうして! ここまで……、こんなに早く……」


 俺は男を無視して女に近づく。

 女の後ろには、行方不明リストに載っていた失踪者達が懸命に女から距離を取るようにして壁に背中を預けていた。

 その表情には、一言で言えば恐怖という感情が貼りついていた。

 そして俺は、一瞬だけ中年の方へと視線を向けた。


「(――それにしても……、どうしてコイツだけ近くにいるのに喰われないんだ?)」


 そう思ったところで、俺は理解する。


「なるほど……」


 中年の男が、魔物の傍にいても咀嚼されない理由。

 それは、六波羅命宗の関係者だからなのだろう。

 何をしているのかは、未だに事件の全容を解明していないから分からないが、人間を魔物に喰わせるような真似をしているのだ。

 ロクなことはしていないという事は、明白。


「何を勝手に納得している! それよりも警備はどうしたというのだ!」


 男は喚くが無視しつつ女へと近づく。

 女は、瞳孔が蛇のように変化した瞳を俺へと向けてくると同時に身体を震わせ――、巨大化しようとしたが、一瞬で間合いを詰めると同時に女の腹部に掌底を撃ち込む。

 音速を超えた体捌き――、音速の数倍の掌底の衝撃波により周囲の壁に罅が入ると同時に、俺は右上段蹴りを女の側頭部へと叩き込む。

 スイカが割れるような手応えを感じると共に、女は金属製の壁をぶち抜き、外の大空洞がある方へと吹き飛び落ちていく。


「か、桂木君……」

「都の親父さん。無事だったか?」

「あ、ああ……。そ、それよりも、あの化け物は――、それよりもどうして君が、ここに――」

「ああ、ちょっとクエストでな。それより無事で何よりだ。今、魔物をぶち殺してくるから、ここで待っていてくれ」

「――ま、待ってくれ! ここは一体、どこなんだ? それに君は、一体、何をしているんだ?」

「その辺に関しては、あとで話すから――」


 そう言いかけたところで、銃弾が、俺の横を通り過ぎる。


「――な、なんなんだ! お前は! 一体、何者なんだ! 神社庁の回しものじゃないのか! 神薙じゃないのか!」


 振り向く。

 そこには、体を震わせ銃口を向けてくる中年が一人。


「はぁー。お前は、身なりが他の信者とは違うようだからあとで事情を聞こうとして放置していたが……。俺の敵なら、この場で殺すぞ? この場から、生還したいのなら黙っていろ」

「――ッ! ……ば、ばかにしおって! 貴様のことは分かっているぞ! 神社庁が作った生体兵器なんだろうが!」


 その言葉に俺は首を傾げる。

 コイツは何を言っているのだと。


「生体兵器を作っているのは、お前達の方だろ? 魔物を作って一般人を襲っているのだからな」

「――何!?」

「まぁ、逃げられても困るからな」


 俺は横薙ぎに腕を振るい真空の刃を作り出し、男の両足を――、太ももから下の部分を切断する。


「グアアアアアアアアアア」

「あと両腕も切断して舌も斬り落とすが、麻酔はしないぞ? この俺に喧嘩を売ってきたんだからな。とりあえず事情聴取が終わるまでは達磨になっててくれ」


 そう言いながら両足を切り飛ばし床に血をドバドバと撒き散らしている中年に近づく。


「――き、きさま! この俺が誰だが分かっているのか!」

「知らんな」

「俺は、六波羅命宗の大僧正! 辻本守様だぞ!」

「やれやれ――。それが、お前の腕を刈り取ることを止める理由になるのか? この俺に銃口を向けて撃ってきたという事は死ぬ覚悟は出来ているんだろう?」

「――ヒッ! ち、近づくな! ば、化け物!」

「おいおい。俺は、かなり優しく紳士的に警察から仕事の依頼を受けているから首を撥ねずに生かしてやっているというのに、とても心外だな! いつもの俺だったら、俺に攻撃を仕掛けてきたら女だろうがガキだろうが老人だろうが、容赦なく等しく平等にぶち殺しているところだぞ?」


 俺は安心しろ? 今は! まだ! 殺さないぞ? と、優しく微笑む。


「か、桂木君……」

「な、何なんだよ! お前! 警察から仕事を依頼されたなら、こんなことが許される訳がない!」

「煩いやつだな」


 俺は切断した男の太ももに手を触れると止血だけ行う。


「一応、感謝してほしいものだ。俺が止血しなかったら、お前は、死んでるぞ?」

「ふ、ふざけっるな! お前が、俺の足を切断したからっ! くそっ! 化け物! 何をしている! 化け物! この化け物を殺せ!」


 男が懐に手を入れる。

 それと同時にガラスが割れるような音が聞こえてくると同時に大空洞内から、人の絶叫が聞こえてくる。


「何だ?」


 咄嗟に、俺は男の両腕と舌を切断し達磨にした上で止血したが、中年は痛みからか失神してしまったが無視して、先ほど開けた大空洞に通じる壁から頭を出す。

 すると対岸の絶壁に作られていた強化ガラスの部屋が、30メートルを超える青い鱗を持つ竜に巻き付かれていて、俺が見ている前で部屋ごと、力任せに潰されていた。






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