第345話

 ライブが始まり、マイクを持たずとも十分な声量で歌唱を披露するパンドーラ。

 さすが、神に作られただけはある。

 それにしても、マイク無しでライブハウス内に響き渡るギターやベースの音と張り合うとは……。


「それに、これは――」


 流れてくる歌は、まごうこと無くJPOPであり、それも萌え系のアニメのオープニングテーマに近いテンポと符丁で作られている。


「何のアニメなんだ?」

「お客様、これはオリジナル曲ですよ?」

「オリジナル曲?」


 スピリタスをラッパ飲みながら、一人言葉を口にしていた所で、俺に話しかけてきたのは、酒を販売してきたカウンターのボーイ。


「はい。あの古風な美女が居ますよね?」

「ああ。伊邪那美のことか」

「伊邪那さんです。彼女が、バンドグループの作曲をしているそうです」

「へー」


 多芸だな、伊邪那美の奴は――。


「それにしてもお客様は、ファイナルゴットとお知り合いで?」

「――いや、全然知らないな」


 パリピな連中には、知り合いは元々いないからな。

 それにしても、何のためにバンドをしているのか――、というよりも俺にバンドを見せて何の意味があるのかと考えてしまうが、答えはでない。


 ――とりあえず終わるまで待つしかないか。


 バンドグループ『ファイナルゴット』の歌を聞きながら、スピリタスをラッパ飲みする。

 そして、スピリタスの空瓶が20本を超えたところで、ようやく曲が終わる。


「――さて……」


 俺は、カウンターの上に一万円札を10枚置く。


「釣りはいらない」

「……あ、あの……お客様……」


 半笑いし、表情を青くしたカウンターのボーイが恐る恐ると言った感じで、俺に話しかけてくる。


「どうかしたのか?」

「えっと、お体は大丈夫なのですか?」

「何を言っている」

「――いえ。ですから、度数96%のスピリタスを20本近く飲んでいて大丈夫なのかなと……」

「問題ない。それより、俺が飲んだことは秘密にしておいてくれ。10万円は、そのためのお金だと思ってくれ」

「――あ、はい……」


 さすがに未成年で酒を飲んだことがバレると色々と怠いからな。

 ライブハウスの台から降りていく伊邪那美、パンドーラ、山崎の後ろ姿を見送ってから、俺は、ライブハウスの外へと出る。

 階段を上がり、入口近くで待っていると次々と観客が、階段を上がってくる。

 それから30分ほどして、ようやく山崎達が姿を見せた。

 すぐに山崎と目が合う。


「桂木の旦那」

「旦那は、止してくれ。それよりも、これから話でも大丈夫か?」

「はい。やっと用事が終わったので」

「そうか。それならいいんだが――。どこで話をする?」

「そうですね。うちの事務所とかでどうですか?」


 山崎が、厚木ビルの裏口を指差す。


「事務所って西千葉にあるんじゃないのか?」

「いえ。ファイナルゴットの事務所です」

「どういうことだ?」


 こいつは何を言っているんだ?

 心の中で首を傾げるが、山崎が指差した表札の301号室と書かれているプレートには、ファイナルゴットプロダクションと書かれていた。


 

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