第313話

「うん……。分かった……」


 渋々と言った様子で引き下がった都と、電車とバスを乗り継ぎ彼女を自宅前まで送る。


「ねえ。優斗」

「どうかしたのか?」

「優斗に勉強教えるって約束――」

「ああ。週末からで頼む。いま、自宅の方はゴタゴタしてるからな」


 白亜とエリカの部屋の用意も満足に出来てないし、都が自宅に来ても何も出来ないだろう。


「でも、優斗には、お金を払っているよ?」

「お金?」

「うん。山城先輩が、優斗の家に泊まっていた時に、私も優斗の家に泊まったから、その時にキチンとお金払っているから」

「そうか。幾らだ?」

「――え?」

「だから、幾ら俺にお金を払った? その分のお金はキチンと返す」

「それって、私には優斗の家に来るなってこと?」

「そうじゃない。俺の家に泊まるために、お金を払ったのなら、今の俺の家は泊まるには、エリカや白亜がいるから難しいからな。そうなると、最初の約束から異なる訳だろ? だから、きちんとお金は返しておきたい」

「それなら、これからも優斗の家には行ってもいいの?」

「ああ。問題ない。ただ、しばらくは護衛が付くことだけは了承してくれ」

「わかったわ」


 頷いた都が、彼女自身の自宅の鉄の扉を開けて敷地内に入っていく。


「それじゃ、優斗! また、明日ね!」

「ああ。また、明日な」


 豪邸へと入っていく都と別れたあと、俺は一般道へ向けて歩くが――、


「また何のようだ?」

「――少しいいかね?」


 そう話しかけてきたのは、神楽坂修二――、都の父親であった。


「別に構わないが――、リベンジか?」

「そんなことはない。少し、真面目な話がしたいだけだ」

「なるほど……」


 口調と雰囲気からおふざけではないというのは、本当のようだ。

 歩き出した修二の後を着いていき――、


「乗ってくれ」


 黒塗りのセダンの助手席に座ったあと、都の父親が運転する車は走り出す。

 車の中では無言の時間が続く。

 どうやら、車の中では話すつもりは無いのだろう。

 到着した場所は、千葉ポートタワー近くの駐車場。


「ここで何かあるのか?」


 俺の問いかけに答える事もなく修二は、東京タワーに向けて歩いていく。

 千葉ポートタワーの前広場を超え、ビーチに出たところで修二は足を止めて俺の方へと視線を向けてくる。


「桂木優斗君、君は――、君は本当に桂木優斗君なのか?」

「どういう意味だ?」


 突然、何を言い出したのかと言えば、禅問答でも始めるつもりなのか?


「そのままの意味だ。私が知っている桂木優斗君は、このような場に連れて来られて、私と二人になった時に、同じような質問をすれば、必ず何かしらの動揺をするはずだ」

「ハッ――、なんだ、それは――」


 思わず鼻で笑ってしまう。

 コイツは何を見ているんだと――。

 目の前にいるのは、桂木優斗本人に相違ないと言うのに。


「なるほど……。君は、本当に――、本物ではないのだな」

「だから何を言って――」

「それでは、質問を変えよう。君は、人殺しをした事があるか?」


 その神楽坂修二の言葉に、俺は無言で目を細めた。



 

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