第206話
「話は終わったようだな」
対話をしていた伊邪那美が、手招きをしてくるのを確認し飲み終わった缶コーヒーを備え付けのゴミ箱に捨てる。
「山崎は、どうする?」
「私は、ここにいますよ」
「そうか」
山崎と離れ木造りの椅子に座る。
「――で、伊邪那美。話しは終わったのか?」
「うむ」
「そうか……。――なら、もういいな」
俺は、山崎が用意した軍用ベストに括りつけていたナイフの柄に手を伸ばす。
「待て」
「どうした? 神同士の話合いは済んだのだろう?」
「だからと言って敵対心の無い者を殺すのはどうかと思うが?」
「何を言っているんだ? コイツが、存在したから、都や胡桃が被害にあったんだぞ? つまり、俺の敵と言う事だ」
「それでも解放して欲しいと願われたのでしょう?」
「解放して欲しいというのは、パンドーラの事情であり、俺には関係の無い事だ。そもそも解放と言っても、コイツが存在して、安倍珠江に力を貸したという事実は変らないし、コイツが居る時点で、今後も問題にならないという保証もない。つまりだな――、始末して綺麗に片付けた方が後腐れなく問題は終わるということだ」
「桂木優斗、この者の生い立ちは聞いたと思うが?」
「聞いたが、コイツの生い立ちと俺に迷惑を掛けた事はイコールではないからな。だから、俺が殺す基準を変えることはない」
やけにパンドーラという女を擁護してくるように感じるが、神同士忖度というのがあるのか?
――いや、伊邪那美が、そういうことをするのなら、豊雲野神(トヨクモノノカミ)との戦闘の際にも此方に力を貸してくることは無かっただろう。
つまり――。
「伊邪那美、お前から見て、コイツは殺す必要性はないと考えているという事か?」
「そうではない。たしかに、お前から見て、このパンドーラという大地母神は、人の悪意により操られ利用されていたとは言え、桂木優斗の友人を殺すために手を貸していたのは事実であろう。だが、この女は、役小角と安倍晴明の式神を、お前の友人に渡し、力を与える事で、お前が友人を助ける為に到着するまでの短い時間を稼いだという実績がある」
「つまり、悪い事もしたが良い事もしたから相殺して生かせと?」
何を言い出すのかと言えば……。
「そうなる」
「桂木優斗さん」
そこで、ずっと黙っていたパンドーラが俺の名前を呼んできた。
「何だ?」
「あなたの御友人を殺めるという、その事の為に安倍珠江に力を貸したのは事実です。ですが、私は、貴方の御友人を助ける為にも行動致しました」
「――で?」
「貴方がお怒りなのは分かります。ですから、殺されることは覚悟しています。ただ――、御友人にお渡しした式神については、回収させて頂ければと……」
俺は、まっすぐにパンドーラの目を見つめる。
嘘を言っているようには見えない。
「式神を渡したというのは本当なのか?」
「はい。桂木優斗さんも知っている猿の形をしたモノです。後鬼と呼ばれています」
「あれか……」
「負の感情を蓄積したエルピスの箱庭は、人の心を蝕む力を持っています。そのため、悪用される事は太古から何度もありました。ですから――、箱庭の解放により人の悪意は、一つに集められるのではなく広く薄く分配されるようにするべきだと考えています」
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