第202話

 回収するようには言われていないが、バチカンに返却するとも言っていたが……。

 海の上に浮かんでいる福音の箱に近づいたところで――、


「お待ちください」


 唐突に、箱の前に女が現れる。

 女性の見た目は金髪碧眼の20代前半の女性だが、服装はかなり古式のモノのように思える。


「お前は?」

「私の名前は、パンドーラと申します」

「パンドーラ?」

「はい。エルピスの箱庭の管理者でり、村を治める地母神です」

「地母神?」


 また良く分からない名前が出てきたと思ったら、今度は神が登場とは、一体、俺が暮らしていた世界はどうなっているんだ? 異世界に召喚されるまでは、何の変哲もない普通の日常だったのに。


「――で、地母神のお前が何で、その福音の箱の管理者なんてやってるんだ? 俺が、知っている地母神は、大地の神だろ?」


 少なくとも異世界では地母神は、大地を司る神で豊作を含めた地属性を統べる存在だったが、少なくとも、神が小さな箱一つ――、魔法のアイテムに関わることはないというのが、俺の中では常識だったが……。


「このエルピスの箱庭は、神々により作られたモノになります。そして、私は、この箱庭の管理者として封じられました」

「――ん? ちょっと話の流れが理解できないんだが? 封じられたって誰にだ?」

「人間により封じられました」

「神に封じられたという訳ではないのか」

「はい」

「なるほど……」


 それなら箱を壊した方が良いかも知れないな。

 

「あの……、どうして箱に触ろうとしているのですか?」

「とりあえず、後々面倒になりそうなモノはさっさと壊すに限るだろ?」

「――え? ちょっと私には理解できないのですけど……、おかしいですね? 極東の島国に住まれる方は、相手の話を良く聞いてくださると聞いたのですが?」

「だから聞いただろ? ――で、その結果、アホな女が利用するような危険な代物は壊すことに決めただけだ」

「待ってください! 私の、話を聞いてください!」

「はぁー」


 俺は、溜息をつきながら手刀の形にしていた手を下す。


「――で、俺の前に出てきた理由を聞かせてもらおうか?」

「それは、貴方が私達を解放してくれる方だと思ったからです」

「介抱ね……」

「何か違う考えを御持ちのようですので、訂正させて頂きたく思います。解き放つという意味です」

「なるほど……。解放か――。断る」


 断られると思って見なかったのか、安倍珠江よりもグラマラスな肢体の女は、呆気に取られた表情を俺に向けてくる。


「――ど、どうしてですか!?」

「面倒だから」

「――え?」

「だから、あとで問題になったら面倒になるだろ。それだったら箱ごと消し飛ばした方が楽でいい」

「おかしいですね。言葉の翻訳が上手くいってないのでしょうか?」

「いや十分上手くいっていると思うが?」

「それでしたら、何故、解放するのか? とか、どうして私が封印されていたとか、普通の方でしたら聞かれるはずですが……」

「別に、見ず知らずのパンドーラなんて大地母神は知らないし興味ないからな。今の俺は正直、腹の虫が治まっていないし、余計な手間をかけたくないからな」


 何しろ、これから都たちに何て説明していいのか迷い事は山のようにあるのだ。

 たかが呪術物の一つくらいで、悩みの種を増やしたくない。

 だったら、さっさと消し去った方が面倒事にならなくていいだろう。


「えっと……。あなたって、本当に日本人ですよね?」

「失礼な奴だな。俺は至って、常識的な思考を持つ、どこにでもいる一般男子高校生だぞ?」

「一般とは……」


 細かいところに突っ込みを入れてくる女だな。

 それよりも聞きたいことが、あったことを思い出した。

 安倍珠江と、この女と魔法アイテムの関連性を聞き出さないとな。

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