第170話

『そういう問題なのかのう』

「――ん? いま、何か声が聞こえなかったか? 優斗」

「気のせいだろ」


 とりあえず俺の事情を純也に知られる訳にはいかない。

 純也に知られれば、それは都にも話が行く可能性があるからだ。

 そうなれば、俺が異世界に召喚された事も言及された結果、面倒事になる事は少し考えれば分かる。


「それにしても、大きな物音がしたからなんだと思って逃げてきて優斗と出会ったから本当に良かった」


 どうやら、俺が旅館の天井をぶち破った音は、旅館内にいた純也に聞こえていたらしい。

 それはつまり――、他の魔物にも聞こえていたという事。


「純也」

「どうした?」

「さっき言った通り、旅館から逃げるぞ」

「おう! さっさと逃げようぜ! それより、安倍先生は、どこにいるんだ?」


 純也が部屋の中をキョロキョロと見渡す。


「さあな」

「一応、旅館の中を全部見て回ったんだけどさ、変な生き物ばかりで安倍先生は居なかったんだ。それに従業員も、まったく見かけなかった」

「どういうことだ?」

「わかんねーけど、普通じゃない……と、言うか! 優斗! こ、これ!」


 純也が指差したのは烏丸の死体。

 ただ、その死体は水分が抜けるかのように萎びれていくと、皮と骨だけになったあと、皮すら朽ちていき骨だけになる。


「な、なんだよ……、これ……」

「エナジードレインか……」

「エナジー? 何だよ、優斗、それ」

「生命力を奪う魔法みたいなモノだ」

「脳内妄想の?」

「まあな……」


 思わず「ちげーよ!」と、突っ込み返すところを何とか押し留めて言葉を返す。


「エナジードレインか。たしかにゲームとかだと良くあるよな。あとはホラー系の作品とか――」

「だな。それよりも、人の死体とか見て大丈夫なのか?」

「ん? ああ。さっきも言ったろ? 家がブリーダーとかしていると、死とか腐るほど見るようになるからな」

「なるほど……」


 つまり死に対しての耐性は付いているという事か。

 俺とか異世界に召喚されて、しばらくは、そういう耐性が無かったから眠れない日々が続いたからな。

 そのあたりも加味すると――。


 ――やっぱり純也は、本来は勇者として召喚されたはずの資質を持っていたのかも知れないな。

 少なくとも、勇者召喚の儀式で巻き込まれた都が聖女としての力を覚醒させた時点で、もう一人は、勇者だったはず。

 俺には勇者としての力はなかった。

 だから――。


「どうした?」

「――いや、何でもない。それよりも、さっさと逃げよう」

「おう」


 都を、背負ったあと純也と共に階段を降りていく。

 すると、階下から上がってくる角の生えた鬼の姿が目に入った。

鬼は腹が異常に膨らんでいる。


「オーガーの亜種か?」

「ちげーよ! あれは餓鬼だと……思う」

「餓鬼か」


 餓鬼の手には、中華包丁が握られている。

 そして――、その目は俺の方へと向けられてきていた。


 ――どういうことだ?


 餓鬼たちの殺気は、俺にだけ向けられている。

 理由は分からないが純也の方には――。


「純也! 強行突破するぞ!」

「あれだけの数の中をか?」

「ああ、何とかなる!」


 俺は、都を背負ったまま、2階の階段踊り場からエントランスホールに向けて跳躍する。

 

「マジかよ!」


 純也も、後を追うようにして2階から飛び降りる。

 俺はエントランスホールの床に着地したあと、すかさず着地した場所を踏みつけ――、爆風を巻き起こす。

 純也は、爆風の上昇気流に落下の衝撃を抑えられたのか何とか着地に成功した。


「な、なんだ……今の風は……? 優斗がやったのか?」

「わからん。それより、さっさと逃げるぞ」

「お、おい!」


 追及される前という意味合いもあったが、餓鬼が階段を降りて近寄ってくることもあり、俺達はすぐに旅館から出る。


「優斗! どうやって逃げるんだ? 足がないだろ?」

「決まっている。走って逃げるんだよ!」

「……あっ。優斗! あれ!」


 純也が指差した方向には烏丸の車が停まっていたというか駐車をしようとした途中で放棄したのか、車が駐車途中で停まっていた。


「車で逃げるしかないよな! 優斗!」

「俺は車の免許は持ってないが、お前はどうなんだ?」

「俺も持ってない! でも運転したことならある!」

「なら問題ないな」


 すぐに、車に乗り込む。

 もちろん運転席には純也が。

 助手席には、俺。

 そして後部座席には都を寝かせた。


「運転の途中だったのか? 鍵がついたままだぞ。優斗」

「そうか。それはいいから、さっさと車を出せ!」


 体高が1メートルほどの餓鬼が、100匹以上もの大軍で旅館入口から出てくると、此方に近づいてくる。


「分かっているって!」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「ああ。俺のゲーセンで鍛えたドライビングテクニックを見せてやるよ!」

「……おい。俺と運転を代われ」


 ゲーセンで運転していたとか信用できん。

 

「問題ないって!」


 純也が座席の位置を調整しエンジンを始動させるとドライブにギアを入れたあとサイドブレーキを引きアクセルを踏み込む。

 車は、急加速し――、近づいてきていた餓鬼を弾き飛ばしながら走り出した。



 

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