第169話

 どういうことだ?

 どうして異世界の魔法が都に掛かっている? そんな疑問が、心の内側に湧き上がってくる。

 だが、いまはそれよりも都の無事を確認する事の方が重要だと思いとどまり、彼女へと手を伸ばす。

 俺の指先が振れた途端、都の体が纏っていた白い靄は霧散する。


『どうやら娘は無事だったようだの』

「ああ、怪我はないようだ」

『……』

「どうかしたのか? 無言になって」

『今回の事件、陰陽師が関わっている可能性が非常に高い』

「どういうことだ?」

『先ほど、娘を空中に縛り付けていた術は、陰陽術の一つの一つで束縛の術式になる』

「つまり、陰陽連が今回の騒動を引き起こしたということか?」

『そこまでは分からぬが……、この宿を利用して何か儀式をしたのは間違いない』

「つまり、そいつを探し出して殺せば、今回の一連の騒動は片が付くということか」

『そうなるが……、これだけの大規模な瘴気の存在する結界を作るだけの技量を持つ者が、陰陽連に居るとは思えん』

「つまり、陰陽連の設備を使って、この変な空間を作った首謀者がいるということか?」

『そう考えるのが妥当ではあるが……。これだけの結界を作れる人間なぞ……』


 俺の肩に止まっているカラスが動揺した声で呟く。

 

「とりあえずだ。首謀者が見当たらない以上、撤退した方がいいな。都の無事も確認できたことだし」

『待て、そこに倒れているのは――』

「ん? 烏丸だが、どうかしたのか? もう死んでいるぞ?」

『随分と冷静だのう』

「別に都さえ無事なら、あとはどうなっても問題ない」

『何と言う言い草だ』

 

 カラスが何か言っているが無視し、俺は畳の上に倒れている烏丸の亡骸を確認していく。

 体中血塗れだが、その死体には特徴的なモノが見て取れた。


「何か巨大な獣に噛まれたあとがあるな……」

『なんだと!? たしかにこれは……、それよりも……これは……』

「どうかしたのか?」

『――いや、まさかな……。それよりも、一度、合流した方がよいの』

「そうだな」


 都と妹の身の安全は確保するのは最優先だからな。

 何か大切な事を忘れている気がするが、たぶん気のせいだろうし。


 そう思った時――、襖が開く。


「こんなところに居たのか! 優斗!」

「あ、純也……」


 完全に忘れていた。

 まぁ、どうやら怪我もなく無事なようで何よりだ。

 それよりも、気絶してない方がおかしいと思うが、どうやら純也の体には、どこからか生命エネルギーが流れこんでいるようで――、それが純也が元気にしている証なのだろう。


「何か知らないが旅館の中がへんって――ぎゃああああああ! 死体が! 死体が転がっているぞ! 優斗!」

「落ち着け、純也」

「落ち着けって……お前……人の死体だぞ?」

 

 そう純也が語り掛けてくるが、人間の死体なんて別に珍しくも何ともない。


「とりあえず、まずは旅館から出よう。旅館の中も変なんだろう?」

「お、おう。本当、いきなり空が赤くなったと思ったら、へんな妖怪に追いかけられて大変だったんだ。後鬼が、飛び掛かって守ってくれなかったら大変な事になっていた」

「そうか……、それにしても猿に助けてもらえてよかったな」

「まぁな。伊達にブリーダーを両親がしている訳じゃないし、動物に信頼されて本当に良かった」


 純也が安堵からなのか溜息をついた。




 

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